AIデザインで淘汰されるデザイナーとは

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最近、デザイナーではない人が作った「AIデザイン」を、よく見かけるようになった。

SNSのバナー、チラシ、提案資料、自社サービスの紹介画像。

ひと昔前なら「これ、ワードかパワポで作ったな」と一目でわかったような、あの手作り感のあるデザインっぽいモノ。

それが今は、AIにポンと指示を出して、何となく綺麗に整えられたものに入れ替わっている。

すごい時代になったものだと思う。

誰でも、それなりに見られるものが、数分で作れてしまう。

これは間違いなく進歩。

でも、それをたくさん眺めているうちに、僕の中である違和感が育ってきた。

「綺麗」と「デザイン」は、別物

昔ワードやパワポで作っていた「デザインっぽいモノ」が、AIに余計なものをたくさん付け足されて、何となく綺麗に作られたものに入れ替わっただけ。

本質的には、そんなに変わっていないんじゃないか。

言い方がきついかもしれない。

でも、ここを履き違えると、作る側も頼む側も不幸になると思うので、あえて書く。

AIが得意なのは「整えること」。

余白を取り、フォントを揃え、それっぽい装飾をのせて、全体を小綺麗にまとめる。

むしろ得意すぎて、放っておくと頼んでもいない装飾やあしらいを、これでもかと盛ってくる。

グラデーション、影、謎のアイコン、意味のない図形。

「無駄なものをたくさん付け足して、何となく綺麗にする」というのは、まさにこのこと。

でも、デザインというのは、本来そういうものじゃない。

AIデザインは、誰にも否定されない「平均値」

もうひとつ、AIデザインを眺めていて思うことがある。

AIが出してくる見た目は、誰からも否定されない、個性のない「平均値」なんだ。

世の中の無数のデザインを学習して、その真ん中あたりを器用に出してくる。

だから、破綻はしない。

でも、その代わりに、引っかかりもない。

良いデザインというのは、本当はもっと個性的なものだ。

「このデザイン、すごく好き」と言う人がいる一方で、「自分はあまり好きじゃないな」という声も出てくる。

そういう好き嫌いが生まれるくらい、はっきりした顔を持っている。

個性は、好き嫌いを生む。

でも、その好き嫌いこそが、注目を呼ぶのだ。

誰の心も乱さない代わりに、誰の記憶にも残らない平均値と一部の人に強烈に刺さる個性。

人の心を動かして、行動につなげたいなら、どちらが必要かは言うまでもない。

AIデザインは印象に残らない、という話もよく聞く。

それはきっと、この「平均値」という性質の裏返しなのだと思う。

だからこそ、個性を生み出せるデザイナーが、これから生き残っていくのだろう。

デザインは「誰に・どう届けて・どう結果につなげるか」

デザインとは、情報を、誰に向けて、どう届けるか。

そして、求める結果にどうつなげるか。

それを作り出すモノだ。

たとえば一枚のチラシを作るにしても、考えることは山ほどある。

これを手に取るのはどんな人なのか。

その人は今どんな気持ちで、何に困っていて、何を見たら心が動くのか。

このチラシを見たあと、その人にどう行動してほしいのか。

電話してほしいのか、来店してほしいのか、まずは名前を覚えてほしいだけなのか。

そこが決まって、はじめて「では、どんな言葉を、どこに、どれくらいの大きさで置くか」が決まる。

色も、写真も、余白も、全部その「届けたい相手」と「ほしい結果」から逆算して決めていく。

つまり、見た目はあくまで結果であって、目的じゃない。

綺麗さは、ゴールにたどり着くための手段のひとつにすぎない。

AIに「綺麗にして」と頼んで出てくるのは、この逆算がすっぽり抜け落ちた「とりあえず綺麗なモノ」。

誰に届けたいのかも、何をしてほしいのかも入っていない。

だから、パッと見は整っているのに、なぜか刺さらない。

あの違和感の正体は、これだったのだと思う。

デザイナーの本当の仕事は、見た目の外側にある

ちゃんとしたデザイナーの仕事は、実は見た目を整えること「以外」にこそある。

その会社やお店が、世の中からどう見られたいのかを一緒に考える、ブランディング。

作って終わりにせず、出したあとの反応を見て、次はこう変えてみようと改善を回していくためのPDCAの工夫。

そして、クライアント自身がまだ気づいていない強みや切り口を見つけて、デザインに盛り込んでいくこと。

「うちの良さなんて、そんなにないですよ」と言っていた社長さんの話を、じっくり聞いていく。

すると、本人が当たり前すぎて気づいていなかった魅力がぽろっと出てくることがある。

それを拾い上げて、形にして、お客さんに届くようにする。

これは指示を出して綺麗に整えるのとは、まったく別の仕事。

こういう、見た目の外側にある仕事こそが、デザインの一番おいしいところであり一番難しいところでもある。
だから僕は、ちゃんとしたデザイナーの仕事は、まだまだ無くならないと思っている。

逆に言えば、淘汰される側もはっきりしてきた

ここから少し、語り口を変えて続けます。

このAIデザインの広がりは、見方を変えると、デザイナーの世界をふたつにくっきり分けつつあるのだと思います。

ただ小綺麗に整えるだけの仕事しかできない人は、これから厳しくなっていくでしょう。

なぜなら、その「整えるだけ」の部分こそ、AIが一番得意で、しかも一番安くやってくれる領域だからです。

少し残念ですが、見た目を整える作業の値段は、これからどんどん下がっていくはずです。

一方で、相手を理解し、結果から逆算し、クライアントも気づいていない価値を引き出せる人。

そういう「提案できるデザイナー」の価値は、むしろ上がっていくと感じています。

これは私の肌感覚だけの話ではありません。

2026年のデザイン業界の調査でも、同じ方向の数字が出ています。

デザイナーが今いちばん力を入れたいことの上位に「提案力・企画力を高める」が挙がり、AIをうまく使いこなしている人ほど「提案が通りやすくなった」「アウトプットの質が上がった」と答えている。

つまり、AIに奪われるのは「作業」であって、「提案」ではないのです。

道具が誰の手にも行き渡ったからこそ、その道具で「何を、誰に、なぜ作るのか」を語れる人が際立つ。
そういう時代になってきたのだと思います。

だから、ワクワクしかない

もちろん、AIもこれからどんどん進化していくでしょう。
もしかしたら、いつか「逆算」までしてくれるようになるのかもしれません。

でも、私はそれを脅威だとは思っていません。

むしろ、AIが整える作業をどんどん引き受けてくれるなら、私たちは「届ける相手のことを考える時間」「クライアントの話をじっくり聞く時間」「まだ世に出ていないアイデアを練る時間」に、もっと集中できるようになります。

道具が進化すれば、それに合わせて、もっと良いデザインの仕事ができる。

地方の小さなお店や会社の、まだ誰にも気づかれていない魅力を掘り起こして、ちゃんと結果につなげる。

そういう仕事に、これまで以上に時間とエネルギーを注げるようになる。

だから私は、この変化にワクワクしかしていません。

AIが綺麗にしてくれる時代だからこそ、その先にある「誰に、どう届けて、どんな結果につなげるか」を一緒に考える仕事が、これからもっと面白くなる。

私はそう信じて、今日もまた、目の前のクライアントの話に耳を傾けています。

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