柳月の三方六が愛され続ける理由

ChatGPT Image 2026年6月16日 17 52

北海道のお土産やお菓子と聞いて、柳月の「三方六」を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。

白樺の薪のような見た目。
しっとりとしたバウムクーヘン。
ホワイトチョコとミルクチョコで表現された木肌。

ただのバウムクーヘンであれば、全国にたくさんあります。

しかし三方六は、ただのお菓子ではありません。

北海道の歴史や風景、開拓の記憶をそのまま持ち帰れるようなお菓子です。

今回は、柳月の歴史、三方六が生まれた背景、そして柳月ならではのマーケティングについて考えてみます。

「三方六」という名前に込められた北海道開拓の記憶

北海道開拓の時代、開拓者たちは建材や薪に使うために木を伐採していました。

当時、長さ2尺、直径1尺2寸ほどの丸太を6つ割りにした薪を「三方六」と呼んでいたそうです。

1尺はおよそ30cmですので、開拓時代に使われていた生活の中の寸法感が、そのまま名前に残っているわけです。

三方六という名前の由来は、木口の2辺が6寸、円弧の長さも同じく6寸であり、三方が六寸であったことから来ています。

つまり「三方六」という言葉そのものが、北海道の暮らしや開拓の歴史と結びついているのです。

薪の記憶をお菓子にした、柳月の発想

その開拓時代から約100年の年月を経て、1965年に発売されたのが柳月の三方六です。

柳月は、北海道開拓時代の薪をイメージし、それを白樺の木肌をまとったバウムクーヘンとして表現しました。

今では切れた状態で販売されていますが、以前はノコギリ型のナイフが付いていたそうです。現在でも希望すれば対応してもらえる場合があると聞きますが、ここにも三方六の世界観を徹底する姿勢が表れています。

お菓子を切るための道具まで、薪を切る体験に寄せている。

これは単なる演出ではなく、商品全体に物語を持たせるための工夫です。

このストーリーテリングの徹底ぶりが、三方六をただのバウムクーヘンではなく、北海道を代表する銘菓に押し上げたのだと思います。

柳月は、戦後間もない帯広で創業した

柳月は1947年、戦後間もない帯広で創業しました。

当時の帯広は、今のように豊かにお菓子を選べる時代ではありません。配給が大きく遅れることがあるほど、極度の食糧難に苦しんでいた時代です。

それでも、人々は再出発するために動いていました。

駅前にはゴザを並べた露店が立ち、人々は限られた物資の中で商売を始め、暮らしを立て直そうとしていました。

柳月は、そんな時代にアイスキャンディの行商からスタートしました。

甘いものは、単なる嗜好品ではなかったのだと思います。

食べるものにも苦労する時代の中で、ひと口の甘さは、人々の心に少しだけ潤いを与えるものだったはずです。

実は、帯広はお菓子の激戦区だった

ここで面白いのは、当時の帯広が決して“菓子店の少ないブルーオーシャン”ではなかったことです。

戦後間もない時代であれば、甘いものを売れば簡単に人が集まったのではないかと思ってしまいます。

しかし実際には、当時の帯広にはすでに60軒を超える菓子店があったとされています。

柳月は後発でした。

食糧難の中にも、すでにお菓子の名店があり、舌の肥えた人々がいたのです。

ここに、柳月のマーケティングの原型があるように感じます。

柳月は、最初から大きなブランドとして始まったわけではありません。

街の人々の要望に応え、アイスキャンディから始まり、まんじゅうを作り、洋菓子を作り、少しずつ商品を広げていきました。

自分たちが売りたいものを一方的に押し出すのではなく、地域の人が求めるものに応えながら、商品を育てていった。

この姿勢が、柳月の成長の土台になっているのだと思います。

三方六は、復興後の北海道に生まれた銘菓

柳月の創業から18年後、1965年に三方六が誕生しました。

創業期の柳月が届けていたのは、戦後の厳しい暮らしの中の小さな甘さでした。

一方で三方六が生まれた1965年は、復興が進み、日本全体が高度経済成長の中にあった時代です。

暮らしに少しずつ余裕が生まれ、人々は単に甘いものを食べるだけではなく、その先にある満足感や贈る意味、地域らしさを求めるようになっていきました。

その時代に柳月が生み出したのが、北海道開拓の記憶をまとった三方六です。

白樺の薪を模した見た目。
北海道開拓時代に由来する名前。
お土産として人に渡したくなる物語。

三方六は、時代の変化に合わせて、単なる甘いお菓子から“北海道らしさを伝えるお菓子”へと進化した商品だと言えます。

三方六は“見た目で覚えられる”ロングセラー

三方六の強さは、味だけではありません。

見た瞬間に覚えられることです。

バウムクーヘンは全国にあります。
しっとりしたお菓子もたくさんあります。
チョコレートを使った焼き菓子も珍しくありません。

しかし、白樺の薪のようなバウムクーヘンは、非常に記憶に残ります。

見た瞬間に、北海道の白樺や森、薪、開拓の風景が浮かぶ。

この“見た目で覚えられる”という力は、ロングセラー商品にとってとても大きな強みです。

人に渡したときにも、話のきっかけになります。

「これ、白樺の薪をイメージしているんです」
「三方六という名前には、北海道開拓時代の薪の由来があるんです」

そう説明できる商品は、ただおいしいだけのお菓子よりも記憶に残ります。

十勝らしさを商品に落とし込む力

柳月の強みは、十勝や北海道らしさを、商品そのものに落とし込む力だと思います。

「北海道のお菓子です」と言うだけなら、他社も言えます。

しかし三方六は、北海道らしさを名前、形、見た目、物語にまで組み込んでいます。

これは、非常に強いブランディングです。

地域性をただ説明するのではなく、商品を見た瞬間に伝わる形にする。

この力が、柳月の大きな特徴だと思います。

ロングセラーは、守るだけでは古くなる

長く愛される商品には、変えてはいけない核があります。

三方六でいえば、白樺の薪という見た目、北海道開拓に由来する名前、しっとりとしたバウムクーヘンという価値です。

しかし、ロングセラー商品をそのままにしておくだけでは、時代によっては古く見えてしまうことがあります。

だからといって、大きく変えすぎると、元々の良さが消えてしまいます。

柳月は、三方六という核を残しながら、小割や季節商品、味違いの商品を展開しています。

たとえば三方六の小割は、配りやすく、食べやすく、職場や手土産にも使いやすい商品です。

大きな一本の三方六だけでは届きにくかった場面にも、商品を届けられるようになっています。

つまり柳月は、三方六の本質を守りながら、買われる場面を増やしているのです。

スイートピア・ガーデンは、工場を観光資産にしている

柳月には、音更町に「スイートピア・ガーデン」という施設があります。

これは、柳月の工場兼観光施設のような場所です。

お菓子が作られている様子を見学できる工場見学、柳月の商品を買える売店、ゆっくり過ごせるカフェ、家族で楽しめる体験工房などがあります。

知らない方に簡単に説明すると、スイートピア・ガーデンは「柳月のお菓子を買う場所」であると同時に、「柳月を体験できる場所」です。

普通、工場は裏側です。

商品を作る場所であって、お客様に見せる場所ではない。

しかし柳月は、その工場を観光資産にしています。

作っている様子を見せる。
限定商品を買えるようにする。
カフェや体験を用意する。
十勝に来た人が立ち寄る場所にする。

これによって、柳月はお菓子を売るだけではなく、ブランドを体験してもらう場を作っています。

全人類が発信者になった時代の体験設計

現代は、全人類が発信者になった時代です。

私たちは、旅行に行った場所、食べたもの、買ったもの、体験したことを、SNSに投稿します。

本人に広告のつもりがなくても、結果的に企業の広告塔の一人として動いていることがあります。

だからこそ、体験してもらえる場所を作ることはとても重要です。

スイートピア・ガーデンは、まさに今の時代に合った柳月のブランド体験の場だと思います。

お菓子を買う。
工場を見る。
写真を撮る。
カフェで過ごす。
家族で楽しむ。
SNSに投稿する。

この一連の流れが、自然と柳月の広報になっていきます。

柳月のマーケティングの独自性

柳月のマーケティングは、派手な広告で一気に話題を作るというより、複数の資産を積み上げてブランドを作るタイプだと思います。

三方六のようなロングセラーで信頼を作る。
あんバタサンのような話題商品で新しい注目を作る。
季節商品で来店理由を作る。
スイートピア・ガーデンで体験を作る。
十勝や北海道の素材、風景、物語を商品に落とし込む。

これらが積み重なって、柳月というブランドができています。

商品そのものに物語があり、見た目で覚えられ、人に渡したときに話題になる。

これは、マーケティングやブランディングを考えるうえで非常に大切なことです。

良い商品を、どう覚えてもらうか

良い商品を作ることは大前提です。

しかし、それだけでは十分ではありません。

大切なのは、その商品をどう覚えてもらうかです。

どんな言葉で記憶に残るのか。
どんな見た目で思い出されるのか。
どんな体験として残るのか。
人に紹介するとき、どんな話ができるのか。

三方六は、そのすべてを持っています。

白樺の薪という見た目。
北海道開拓時代に由来する名前。
柳月という十勝のブランド。
スイートピア・ガーデンという体験の場。
ロングセラーでありながら、小割や季節商品で今の暮らしにも合う商品展開。

だからこそ、三方六は長く愛されているのだと思います。

まとめ

柳月は、戦後間もない帯広でアイスキャンディの行商から始まりました。

食糧難の中で、人々に小さな甘さと潤いを届ける商売として始まり、その後、街の人々の声に応えながら商品を広げていきました。

そして1965年、北海道開拓の記憶をまとった三方六が誕生しました。

三方六は、ただのバウムクーヘンではありません。

北海道の白樺、開拓時代の薪、十勝のお菓子文化、柳月のものづくりが重なった商品です。

柳月を見ていると、地域ブランドとは「地元らしいことを言う」ことではなく、地元の記憶や空気を商品と体験に変えることなのだと感じます。

三方六が長く愛されている理由は、味だけではなく、そこに北海道らしさがきちんと見えるからなのだと思います。

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