
日本人に「誕生日にはケーキ」を根づかせた、115年以上続く洋菓子屋の話
今日は母の誕生日です。
なので今日は、いつもの「この会社の商売がどうだ」とか「このブランド設計がどうだ」とか、そういう話は少しだけ横に置いて、誕生日らしくケーキの話でもしようかなと思いました。
で、何となく不二家について調べていたら、いきなり出来すぎた話が出てきたんですよ。
不二家が創業した1910年11月16日。
この日、創業者・藤井林右衛門さんの25歳の誕生日です。
自分の誕生日にケーキ屋を始めた青年が、その後100年以上にわたって、知らない誰かの誕生日を祝う会社をつくることになる。
なんか、いい話じゃないですか。
25歳の誕生日に、横浜で洋菓子屋を始める
1910年。当時の日本では、洋菓子なんて今ほど身近なものではありません。
そんな時代に25歳の藤井林右衛門さんは、横浜・元町に小さな洋菓子店を開きました。しかも場所は外国人居留地に近い横浜。外国人の家庭を一軒一軒まわり、お菓子を試食してもらいながら販路を広げていったそうです。
25歳ですよ。
僕が25歳の頃にそんなことを考えていたかと言われると、たぶん全然考えていません。というか、自分の誕生日に店を開けと言われたら「いや今日くらい休ませてください」くらい言っていたと思います。
でも林右衛門さんは、自分の誕生日を開業日にしました。
「不二家」という名前にも、自身の藤井姓や富士山だけではなく、「二つとない存在でありたい」という気持ちが込められていたとされています。
なかなか25歳とは思えない気合いです。
日本のショートケーキは、実はかなり日本仕様
不二家の歴史でもう一つ面白いのが、ショートケーキです。
今では「ケーキ描いて」と言われたら、かなりの人が白い生クリームの上に赤い苺が乗った、あの姿を描くと思います。ケーキの代表選手みたいな顔をしています。
ところが、あれは最初から世界共通のショートケーキだったわけではありません。
林右衛門さんは1912年にアメリカへ渡り、現地の洋菓子や店舗を研究しています。そこで出会ったショートケーキは、ビスケットのような生地にクリームや苺を合わせるもの。
そのまま持って帰って売ったわけではないんです。
日本人が好む、やわらかいスポンジへ変えた。
カステラ文化のある日本なら、ふわっとした生地の方が馴染むだろうと考えたのでしょう。そうして1922年、不二家から日本式のショートケーキが発売されます。
今ではあまりにも普通です。
普通すぎて、「誰かが考えた商品だった」ということすら忘れています。
でも最初は、外国のお菓子をそのまま輸入したのではなく、日本人がおいしいと思える形へ翻訳した商品だったんですよね。
食文化のローカライズです。
と言うと急にマーケティングセミナーみたいですが、要するに「アメリカで流行ってるからそのまま持ってきました」では終わらせなかった。
ここ、不二家が100年以上残った理由の一つなんじゃないかと思います。
ケーキを売るより、「ケーキを買う日」を増やした方が強い
そして僕が不二家を面白いと思うのは、ここからです。
洋菓子屋にとって、当然ケーキがたくさん売れた方がいい。でもケーキって、毎日の主食ではありません。
朝起きて「今日も元気にショートケーキ3個いくか」とは、なかなかならない。
何か理由が必要です。
誕生日。クリスマス。ひなまつり。七五三。
不二家は長い歴史の中で、そういう「家族でケーキを囲む日」とものすごく強く結びついていきました。
これって、商品の販売だけを見ていると見落としやすいんですが、ものすごいマーケティングだと思うんです。
ケーキを買ってください、と毎日言い続けるより、
「今日はケーキを買う日ですよ」
という文化そのものができた方が強い。
誕生日になった。
「ケーキ買わなきゃ」
クリスマスが来た。
「ケーキどうする?」
もう広告を見てから考えていないんですよね。イベントが来た瞬間に、ケーキが候補に入っています。
企業にとって、これほど強い状態はありません。
「誕生日にはケーキ」は、誰が決めたんでしょうね
そもそも、なんで誕生日にケーキを食べるんでしょう。
冷静に考えれば、ご飯でも寿司でも焼肉でもいいわけです。誕生した本人がラーメン好きなら、ラーメンにロウソクを刺したって法律上はたぶん問題ありません。
でも、それはちょっと違う。
最後には丸いケーキが出てきて、ロウソクを立てて、電気を消す。
「ハッピーバースデー」を歌って、本人が火を消す。スマホを構えている人がいる。なかなか火が消えないと二回目を吹く。
あの一連の流れまで、もう誕生日というイベントの一部です。
商品が文化に入り込むって、こういうことなんでしょうね。
単に「不二家のケーキが売れた」という話ではありません。
洋菓子というまだ馴染みの薄かった食べ物が、家族の記念日のど真ん中まで入っていった。
そこまで行くと、競争相手は隣のケーキ屋だけではなくなります。
人の記憶そのものに場所を持てるようになるんです。
食べたケーキの味は忘れても、その日のことは覚えている
不二家のブランドサイトに、誕生日や七五三、クリスマスなどでケーキを囲む時間を「笑顔の思い出」として捉えている考え方があります。
これ、ケーキという商品の本質をよく表している気がします。
僕も子どもの頃に食べた誕生日ケーキについて、クリームの乳脂肪分が何%だったとか、スポンジの口溶けがどうだったとか、そんなことは一切覚えていません。
でも、ケーキが出てきた場面はなんとなく覚えている。
家族がいる。電気が消える。ロウソクが光っている。
ケーキって、不思議な商品です。
食べればなくなります。
箱も捨てます。ロウソクも捨てます。写真だって撮らない年があるかもしれない。
それでも「誕生日にケーキを食べた」という記憶だけは、意外と長く残る。
商品そのものが消えた後から、ブランドの仕事が始まるんですよね。
ペコちゃんが強いのも、たぶんそこなんだと思う
不二家といえば、ペコちゃんです。
もう説明不要なくらい有名ですが、考えてみれば洋菓子メーカーのキャラクターが何十年も日本中の店頭に立っているというのも結構すごい話です。
高級パティスリーのような緊張感はない。
子どもでも入れるし、おじいちゃんおばあちゃんが孫のケーキを買いに来てもいい。誕生日の家族もいれば、仕事帰りにシュークリームを買う人もいる。
不二家って、洋菓子を「特別なもの」にしながら、同時に「特別すぎないもの」にした会社でもあるんですよね。
ここ、かなり絶妙です。
誕生日だから少し特別。
でも、高級ホテルのレストランを予約するほどではない。
家でみんなで食べる。
その距離感に、不二家はずっといます。
お祝いの日は、ビジネス的にもものすごく強い
少しだけ商売の話をすると、「記念日」と結びついた商品は非常に強いです。
価格や機能だけで比較されにくくなるからです。
誕生日ケーキを選んでいる時に「グラム単価で考えるとこっちの方が得だな」と真剣に計算する人は、あまりいません。
大事なのは、その場がちゃんと楽しくなることです。
だからロウソクがあり、プレートがあり、名前を書き、箱を開けた時に「おお」となる。
食品を売っているようで、実際にはその場の空気を作る商品でもあります。
これはケーキに限った話ではありません。
花もそう。プレゼントもそう。旅行もそう。
人は物そのものだけではなく、「これを渡した時にどうなるか」「これを食べた時に誰が笑うか」まで含めて買っています。
機能ではなく、その後に起きる場面を売る。
不二家は100年以上、それをやってきた会社なんだと思います。
自分の誕生日に始めた店が、誰かの誕生日を待っている
1910年11月16日。
藤井林右衛門さんは25歳になりました。
その日に横浜・元町で、小さな洋菓子店を開きました。
当時の本人が、115年以上先のことなんて想像できたはずもありません。
自分が作った店が全国へ広がること。
日本中の家庭でショートケーキが当たり前になること。
ペコちゃんという女の子が店先に立つこと。
そして、自分の誕生日に始めた店が、その後ずっと知らない人たちの誕生日を祝う側になること。
商売って、たまにこういう妙な巡り合わせがあります。
今日は母の誕生日です。
何を食べるかはまだわかりませんが、ケーキくらいは買おうと思っています。
たぶん食べ終われば、箱は捨てます。クリームの味も何年かすれば忘れるでしょう。
それでも今日のことは、どこかに残る。
115年以上前、自分の誕生日に店を開けた25歳の青年も、きっと最初は目の前のお客さんに菓子を一つ渡しただけだったはずです。
その小さな店は今も、毎日どこかで誰かの「おめでとう」の真ん中にいます。
誕生日って、自分が生まれた日なのに、不思議と誰かのことを考える日なんですよね。
さて。。。。
お母さん、誕生日おめでとう!
株式会社ガイネット取締役。北海道デザイン協議会理事。デザイン系の専門学校卒業後、WEB動画系会社、フリーランスを経て現職へ。映像制作、アートディレクション、イラストを手掛ける。