コーチャンフォーは、なぜ“本が売れない時代”に巨大書店でいられるのか

 

本屋の顔をした、文化系の帰らせない店

7月13日 14 43

コーチャンフォーって、なかなか帰らせてくれない店です。

本を買いに行ったはずなのに気づけば文房具を見ていて、文房具を見ていたはずなのになぜか雑貨を見ている。そろそろ帰るかと思ったらカフェがある。

帰らせる気がない。

それがまあ嫌じゃないんですよね。むしろあの帰らせる気のなさがコーチャンフォーの良さでもあります。

コーチャンフォーはただの本屋というより、文化的な休日を過ごした顔で帰ってこられる場所という感じ。

実際には文房具とドーナツを買っただけでも、帰る頃にはちょっと賢くなった気がする。あの感じ、何なんでしょうね。

本を買った。
文具も見た。
カフェにも寄った。
なんなら特に何も買っていないのに、少し整った休日を過ごした気がする。

コーチャンフォーは、その気分を作るのがうまい店です。

本屋がしんどい時代に、巨大な本屋をやるという怖さ

いま、書店業界はかなり厳しいです。

全国の書店数は減り続け、2026年3月末時点では登録書店数が1万店を割りました。紙の出版市場も縮小傾向にあり、電子書籍は伸びているものの、リアル書店で紙の本を売るという商売は、昔よりずっと難しくなっています。

昔は街に本屋があるのが当たり前でした。

学校帰りに寄る本屋。
駅前の本屋。
商店街の本屋。
雑誌の発売日に行く本屋。
何かを買うわけでもないのに、棚だけ見に行く本屋。

そういう場所が、少しずつ減っています。

本を読む人が完全に消えたわけではありません。でも、本との出会い方は変わりました。Amazonで買える。電子書籍で読める。SNSで話題の本を知る。YouTubeや要約サービスで内容をなんとなく把握する。そもそも可処分時間を奪う相手も増えました。

スマホが強すぎるんですよ。

本は悪くない。
本屋も悪くない。
でも、スマホがずっと手元で「こっち見て」と言ってくる。

そんな時代に、コーチャンフォーは巨大な店舗を構えています。

普通に考えるとなかなか強気です。本屋が減っている時代に本屋をでかくする。しかも北海道の広い土地で、車で行く大型店として成立させている。

一見すると、時代に逆らっているようにも見えます。

でもコーチャンフォーはたぶん、ただ巨大な本屋をやっているわけではありません。

コーチャンフォーは“本屋”だけではない

コーチャンフォーを運営しているのは、北海道釧路市に本社を置く株式会社リラィアブルです。

この会社の事業内容を見ると、なかなか面白いです。書籍・雑誌だけではなく、ステーショナリー、CD・DVD、食料品、ミスタードーナツ、ドトール、レストランカフェ、フィットネス、ゲーム、ダスキン、プレイガイドなどが並んでいます。

もう、書店というより生活文化の詰め合わせです。

しかも沿革を見ると、最初から本屋一本で来た会社ではありません。

ミスタードーナツ事業、ダスキン事業、書籍販売、ビデオレンタル、CD販売、文具・雑貨販売と、いくつもの事業を積み上げてきた会社です。

そして1997年、コーチャンフォー札幌美しが丘店がオープンしました。

コーチャンフォーは、本屋があとからカフェや文具を足した店というより、もともと複数の商売を持っていた会社が、それを大型複合店として組み上げた店なんです。

だから、文具やカフェが“ついで”に見えにくい。

どれか一つが主役で、他が添え物というより、それぞれがちゃんと来店理由になっています。

「4頭立ての馬車」という名前が、そのまま商売の設計図になっている

コーチャンフォーという店名は、英語の “coach and four” が由来で、4頭立ての馬車を意味します。

この4頭は、書籍、文具、音楽、飲食を表していると言われています。

名前だけ聞くと少しおしゃれな由来だなくらいで流してしまいそうですが、これがそのままコーチャンフォーの商売の設計図になっています。

4頭の馬 役割
書籍 店の核。専門書から児童書まで、巨大な棚で来店理由を作る
文具 本を買わない人も引き込む。ギフトや雑貨的な楽しさもある
音楽・映像 CD・DVD・ゲームなど、エンタメ需要を受け止める
飲食 カフェやドーナツで滞在時間を伸ばす

普通の本屋は本を買う用事がないと入らないですよね。でもコーチャンフォーは違います。

本を買う用事がなくても、文具を見に行けます。文具を買う用事がなくても、カフェに寄れます。カフェに寄ったついでに、本棚を歩けます。子どもの本を見に来た家族が、文具や雑貨を見て帰れます。

つまり、来店理由が一つではないんです。

これはかなり強いです。

「本を買いに行く」だと、用事がある人しか来ません。
でも「コーチャンフォーに行く」になると、目的が少しぼんやりしていても成立します。

この“ぼんやりした来店”を受け止められる店は強いです。

人間、いつも明確な目的を持って外出しているわけではありません。

何か見たい。
ちょっと出かけたい。
家にいるのもつまらない。
でも遠出するほどではない。
子どもも連れていける場所がいい。
ついでにコーヒーも飲みたい。

こういう、ふわっとした休日の気分があります。

コーチャンフォーは、そこをかなり上手く拾っています。

本屋じゃないと言いながら、本の棚がちゃんと強い

コーチャンフォーのすごいところは、「本だけに頼らない」と言いながら、本の売り場をちゃんと強くしているところです。

本が売れないから本を減らして、雑貨で埋める。
そういう話ではありません。

本もちゃんとやる。
でも、本だけに依存しない。
このバランスがうまいです。

公式サイトを見ると、コーチャンフォーの書籍売り場は、ワンフロアの広い売り場、独自の陳列構成、検索機、児童書コーナー、作家別文庫棚、専門書の充実などが紹介されています。

作家別文庫棚なんかは、かなり読者目線です。

本屋の棚って、出版社別に並んでいることが多いです。もちろん、それは書店側・流通側の都合としては自然です。ただ、読む側からすると、同じ作家の本が出版社ごとに分かれていて、棚の中でちょっとした巡礼が始まることがあります。

「あれ、あの人の本どこだっけ」
「文春文庫か、角川文庫か、新潮文庫か」
「いや、こっちにもあったんかい」

本を探しているだけなのに、軽い探索ゲームです。

コーチャンフォーの作家別棚は、その面倒を少し減らしてくれます。探す人の動きに合わせている。こういうところに、単なる巨大店舗ではない丁寧さがあります。

さらに児童書コーナーが広いのも良いです。

家族で来られる本屋にするなら、子どもの売り場は端っこに小さく置くだけでは弱いです。子どもが楽しめる。親も見られる。祖父母も連れて来られる。そうすると、本屋が家族の外出先になります。

本屋を、ひとりで本を探す場所から、家族で時間を過ごす場所へ広げているわけです。

文房具売り場が、もはや文房具の量ではない

コーチャンフォーに行くと、文具売り場で時間が溶けます。

本当に溶けます。

ボールペンを見て、ノートを見て、手帳を見て、レターセットを見て、シールを見て、なぜか高級ペンを見て、使う予定のない便箋まで見てしまう。

人間、急に“丁寧な手紙を書く人生”を想像する時があります。

実際にはLINEで「了解です」と送って終わる日々なのに、コーチャンフォーの文具売り場にいる時だけは、万年筆で季節の挨拶を書ける人間になったような気がする。あれ危ないです。文具売り場は人格を一瞬だけ盛ってきます。

普通の本屋の文具コーナーは、便利だから置いてある感じが多いです。ボールペン、ノート、付箋、クリアファイル。もちろん、それで十分な場面もあります。

でもコーチャンフォーの文具は、便利を超えています。

輸入雑貨、和文具、高級筆記具、キャラクター文具、ラッピング用品、パズル、ギフト向け商品まであり、文具売り場だけで一つの目的地になっています。

本を買わない人も来られる。
文具を見に来た人が、本も見る。
プレゼントを探している人が、カフェにも寄る。
子どもが文具を見ている間に、大人が本を見られる。

店内で理由がつながっていく。

コーチャンフォーは、この“ついでの連鎖”が本当にうまいです。

若葉台店と岩波文庫の棚がバズった理由

コーチャンフォー若葉台店は、東京・稲城市にある関東初の店舗です。北海道型の巨大複合店を、東京の若葉台に持ち込んだ店でもあります。

この若葉台店で話題になったのが、岩波文庫の出版社在庫全点展開です。

約2,700点の岩波文庫を揃えた棚がSNSで広がり、大きな話題になりました。

これ、かなり象徴的です。

いま本はネットで買えます。
岩波文庫だって、検索すれば買えます。
欲しいタイトルが決まっているなら、ネットの方が早いかもしれません。

でも、岩波文庫がずらっと並んだ棚には、検索結果にはない迫力があります。

検索は、欲しいものに最短でたどり着くためのものです。
棚は、欲しいものがまだ決まっていない人を迷わせるためのものです。

この違いは大きいです。

ネットで本を買う時、人はだいたい目的を持っています。タイトルを知っている。著者を知っている。レビューを見た。誰かが紹介していた。だから検索する。

でも本屋の棚は、まだ知らない本に会う場所です。

岩波文庫がずらっと並んでいると、買うつもりがなかった本まで目に入る。読みもしないかもしれないのに、なぜか手に取る。急に教養人の顔をしてしまう。

買うかどうかは別です。

でも、「この棚を見に行きたい」と思わせた時点で、リアル店舗としてはかなり強いです。

ネット時代にリアル書店が勝つには、ネットで買えない本だけを置く必要はないのかもしれません。

ネットでも買える本を、ネットでは味わえない量と迫力で見せる。

コーチャンフォーの棚作りは、そこに価値を作っています。

北海道ブランドを“本屋の中”で編集する

コーチャンフォーは、北海道発の店です。

この北海道発であることを、単なる所在地ではなく、売り場の魅力に変えているところも面白いです。

たとえば、白い恋人、ゴールデンカムイ、松尾ジンギスカンなどとのタイアップブックカバーが展開されています。

ブックカバーって、普通はかなり地味な存在です。

本を守る。
タイトルを隠す。
お店の名前が入っている。
だいたい、それくらいです。

でもそこに、北海道の記憶が乗る。

白い恋人のブックカバー。
ゴールデンカムイのブックカバー。
松尾ジンギスカンのブックカバー。

本を買っただけなのに、急に北海道のお土産みたいな顔をしてくる。

これはうまいです。

書店が、本を売るだけではなく、北海道の企業やコンテンツを編集して見せる場所になっている。単なる地域密着ではなく、地域のブランドを売り場の体験に変えています。

北海道には、強いブランドやコンテンツがたくさんあります。

お菓子、食、観光、漫画、キャラクター、歴史、自然。
それらを本屋の中に持ち込むことで、コーチャンフォーは「北海道の文化をまとめて感じる場所」にもなっています。

このあたりは、地方企業のブランディングとしてかなり参考になります。

地域にあるものを、ただ並べるだけでは弱いです。
ちゃんと編集して、体験に変える。
お客様が「ちょっと欲しい」「ちょっと見たい」「ちょっと話したい」と思える形にする。

コーチャンフォーは、それが上手い店です。

コーチャンフォーは、休日の“言い訳”を作っている

コーチャンフォーが強いのは、本、文具、音楽、飲食を扱っているからだけではありません。

それらをまとめることで、休日に出かける理由を作っているところです。

本だけなら、ネットで買える。
文具だけなら、他でも買える。
カフェだけなら、他にもある。
雑貨だけなら、商業施設にもある。

でも、それらが一つの大きな場所にまとまっていると、外出の理由になります。

「本を買いに行く」ほど明確な目的がなくてもいい。
「ちょっとコーチャンフォー行くか」で成立する。

これが強いです。

人間は、外に出る理由がほしい時があります。特に休日。家にいてもいいけれど、ずっと家にいると少し損した気がする。でも、遠出するほどの気力はない。買い物もしたいような、したくないような。カフェにも寄りたい。子どもも連れていける場所がいい。駐車場もほしい。

そういう曖昧な気分を、コーチャンフォーは受け止めています。

これはイオンモールのような巨大商業施設とも少し違います。

もっと文化寄りです。
もっと静かです。
でも、ちゃんと長居できる。

本屋の顔をしているので、目的がなく歩いていても罪悪感が少ないんですよね。服屋を何も買わずに長時間うろうろしていると少し気まずいですが、本屋は許される感じがあります。

本屋って、立ち読み文化のおかげで、滞在に対して少し寛容です。

コーチャンフォーは、その本屋の滞在しやすさに、文具とカフェと雑貨と食品を重ねています。

そりゃ帰れないです。

コーチャンフォーから学べること

コーチャンフォーから学べるのは、「本屋も複合化すればいい」という単純な話ではありません。

大事なのは、来店理由を一つにしないことです。

本を買う人だけを待つのではなく、文具を見たい人、カフェに行きたい人、子どもの本を探す人、ギフトを探す人、北海道らしいものを見たい人、なんとなく休日に出かけたい人まで受け止める。

しかも、それぞれの売り場を中途半端にしない。

本も本気。
文具も本気。
飲食も本気。
地域性も本気。

これが揃うから、「本屋のついでに文具」ではなく、「コーチャンフォーという場所」になります。

商品を売る前に、店に行く理由を作る。

これは、どんな業種にも関係します。

ホームページでも、SNSでも、広告でも同じです。
ただ商品やサービスを並べるだけでは、人は動きません。
そこに行く理由、見たくなる理由、滞在したくなる理由、誰かに話したくなる理由が必要です。

コーチャンフォーは、それをリアル店舗でやっています。

まとめ

コーチャンフォーは、本屋が厳しい時代に、巨大な本屋であり続けています。

でも、それは本だけで勝っているからではありません。

本を中心にしながら、文具、音楽、飲食、食品、北海道ブランド、カフェ、家族の滞在、SNSで話したくなる棚まで、いくつもの来店理由を重ねています。

本屋を捨てたわけではない。
本だけに頼ったわけでもない。
本屋という入口を使って、文化系の寄り道を全部まとめて受け止めた。

ここがコーチャンフォーの面白さです。

「本が売れない時代」と言われます。

たしかに、本だけをただ並べて待つ時代ではないのかもしれません。

でも、本屋という場所には、まだ価値があります。
棚を歩く時間。
知らない本に出会う時間。
文具を眺めて、ちょっと丁寧な人間になった気がする時間。
カフェで休んで、買った本を少しだけ開く時間。

コーチャンフォーは、その時間を大きな箱の中に詰め込んでいます。

だから帰れない。

本を買いに来ただけなのに、文具を見て、カフェに寄って、なぜか北海道のブックカバーまで気になっている。

まんまと乗せられています。

でも、たぶんそれでいいんです。

コーチャンフォーは、本を売っているだけではなく、「今日はちょっと文化的に過ごした」という気分まで売っている店です。

そして人間は、その気分に意外と弱い。

帰る頃には、買った本よりも先に、少し賢くなった気がしている。

まだ読んでもいないのに。

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