
サンリオは、なぜキャラクターを働かせすぎてもブランドが壊れないのか
キティちゃんって、たぶん日本で一番仕事を選ばないキャラクターです。
文房具売り場にいると思ったら、翌日はお菓子の袋にいる。ご当地土産にもいるし、新幹線にも乗る。空港にも立つ。高級ブランドと肩を組んだかと思えば、次の瞬間にはスーパーのおまけにもなっている。
「さすがに、そこにはいないだろう」と思った場所に、だいたいいるんですよね。
普通のブランドなら、これだけ露出すると少し心配になります。出すぎて飽きられないのか。コラボしすぎて安っぽくならないのか。世界観が散らかって、結局何者なのかわからなくならないのか。
でもキティちゃんの場合、働きすぎていること自体が、もうキティちゃんらしい。
どこにでもいるのに、雑に扱われている感じがしない。むしろ「今回はこちらのお仕事ですか。お疲れさまです」と思ってしまう。口がないので愚痴も言いません。働き方改革から一番遠い場所にいるキャラクターかもしれません。
そんなキティちゃんを擁するサンリオは、2026年3月期に売上高1,940億円、営業利益778億円を計上し、営業利益率は40%を超えました。
かわいい顔をして、決算はまったくかわいくありません。
サンリオが売ってきたのは、キャラクターよりも“気持ちの渡し方”
サンリオの始まりをたどると、最初からキャラクター王国だったわけではありません。
1960年に山梨シルクセンターとして設立され、小さな贈り物を通じて人と人をつなぐ商売を始めました。サンリオを象徴する言葉に「Small Gift Big Smile」があります。小さな贈り物が、大きな笑顔を生むという考え方です。
この言葉は、今もサンリオの商売をかなり正確に表しています。
人間って、気持ちを裸のまま渡すのがあまり得意ではないんですよ。
「ありがとう」と改まって言うと、少し照れる。「元気出して」と真正面から言うと、場合によっては重い。「あなたのことを思い出して選びました」と口にするのも、なかなか勇気がいります。
でも、キティちゃんのハンカチなら渡せる。シナモロールの小物なら、少し軽やかになる。クロミのグッズなら「これ好きそうだったから」で済ませられる。
キャラクターが、言葉にしづらい気持ちを代わりに運んでくれるわけです。
サンリオが長く作ってきたのは、かわいい絵というより、人間の照れくささを包む包装紙なのかもしれません。
キティちゃん一人に残業させる会社ではなくなった
サンリオと聞けば、今でも最初にハローキティを思い浮かべる人は多いでしょう。
それくらいキティちゃんの存在は圧倒的です。海外でも通じる。年齢も国籍も超える。商品に顔がついているだけで「あ、サンリオだ」とわかる。企業にとって、これほど頼もしい社員はいません。
ただし、一人のスターに会社全体を背負わせる経営は、見ている側もちょっと不安になります。
もし人気が落ちたらどうするのか。時代と合わなくなったらどうするのか。キティちゃんが疲れたらどうするのか。まあ、本人は何も言いませんけど。
現在のサンリオは、このキティちゃん一本足打法からかなり抜け出しています。
シナモロール、ポムポムプリン、クロミ、マイメロディ、ポチャッコ、ハンギョドン、ぐでたま、アグレッシブ烈子。名前を挙げていけば、まだまだいます。
しかも、みんな同じ方向を向いていません。
シナモンは雲のように柔らかい。クロミは少し反抗的で、ふわふわだけでは物足りない人を連れていく。ポムポムプリンには実家のような安心感があり、ハンギョドンはなぜか放っておけない。ぐでたまは、朝から何もしたくない人間の魂そのものです。アグレッシブ烈子にいたっては、かわいい顔で会社員の怒りをデスボイスにしています。
同じ「かわいい」の中に、ちゃんと別々の居場所があるんです。
甘いかわいさがしんどい日もあります。前向きなキャラクターを見る元気すらない日もあります。そんな時でも、やる気のない卵なら隣にいてほしい。
サンリオは、かわいいを一種類に決めませんでした。だから子どもが成長しても、完全には卒業しなくて済む。マイメロからクロミへ移ることもできるし、キティちゃんから一周回ってハンギョドンにたどり着くこともできます。
人生には、ハンギョドンが必要になる時期があるんです。たぶん。
7,000万票が動く、かわいい総選挙
サンリオキャラクター大賞は、その分厚いキャラクター群を年に一度、大きく動かす仕掛けです。
2026年の総投票数は7,000万票を超えました。ポムポムプリンが1位、シナモロールが2位、ポチャッコが3位。トップ3を犬が独占しています。
キティちゃんは5位でした。
あのキティちゃんが5位です。普通の会社なら看板商品の順位が下がったと焦りそうですが、サンリオの場合はむしろ層の厚さが証明されています。キティちゃんが5位でも会社が揺れない。上位に別の人気者が何人もいる。キャラクター経営としては、かなり健全です。
そしてキャラクター大賞は、ランキングを決めるだけの催しではありません。
ファンは「好きなキャラクターの商品を買う人」から、「この子を上に押し上げたい人」へ変わります。毎日投票し、途中順位に一喜一憂し、SNSで呼びかけ、結果発表を見届ける。
キャラクターを買うだけなら、企業と消費者の関係で終わります。でも投票になると、ファンは少し運営側に回ります。
「今年はこの子を勝たせたい」
そう思った瞬間、キャラクターへの愛着には、自分が関わったという記憶が混ざります。
選挙と違って税金も社会保障も変わりませんが、推しの順位は変わる。だから皆さん、結構な本気です。
サンリオはキャラクター大賞を通して、毎年ファンに“好きでいる仕事”を渡しているのだと思います。
ピューロランドでは、キャラクターが棚から降りてくる
サンリオピューロランドは、1990年に東京都多摩市で開業しました。大分県には翌年、ハーモニーランドが開業しています。
ピューロランドには、巨大な絶叫マシンで圧倒するタイプのテーマパークとは違う魅力があります。
屋内なので天候に左右されにくく、ショーやパレード、キャラクターグリーティングの距離が近い。子どもの頃に行った人もいれば、大人になって推しに会いに行く人もいます。最近では、若い女性や海外からの来場者も多く、かわいい世界へ本気で浸かる場所として存在感を増しています。
グッズ売り場に並んでいるキャラクターは、商品です。
でも、目の前で動き、自分の方を向き、一緒に写真を撮ったキャラクターには、思い出が乗ります。
帰りに買ったキーホルダーも、ただのキーホルダーではなくなる。「あの日、ピューロランドで会った」という記憶の持ち帰り用になります。
サンリオにとってテーマパークは、グッズを売るための巨大店舗ではありません。平面のイラストだったキャラクターを、会ったことのある存在に変える場所です。
一度「会った」キャラクターは、ちょっと強いんですよ。
次に店頭で見つけた時、「このデザインかわいいな」だけではなく、「この前会ったな」が加わる。企業側からすると、かなり上手に感情を積み立てています。
空港までキティちゃんにしてしまう
サンリオの世界観は、テーマパークの門を出ても終わりません。
ハーモニーランドのある大分県では、大分空港に「大分ハローキティ空港」という愛称がつきました。空港に着いた時点で、もうサンリオが始まっているわけです。
まだテーマパークに到着していないのに、先にキティちゃんが迎えに来る。
旅館でいえば、部屋に入る前から女将が滑走路に立っているようなものです。気が早い。でも観光は、そのくらいでいいのかもしれません。
旅行には、「その土地に来た」という実感が必要です。
空港がどこも同じ白い壁と案内表示だけなら、移動は便利でも記憶には残りにくい。そこにキャラクターが入ると、写真を撮る理由が生まれ、SNSに投稿する理由が生まれ、旅の入口そのものがコンテンツになります。
テーマパークだけに人を呼ぶのではなく、空港や地域の企業、交通、宿泊まで含めて世界観を広げる。サンリオは、キャラクターを観光案内所の職員くらいの勢いで働かせています。
キティちゃん、本当に何でもやります。
キャラクターの勤務先は、ゲームの中へ
サンリオはグッズ、テーマパーク、イベントだけでなく、ゲームやデジタル領域にも力を入れ始めています。
2026年には自社ゲームブランド「Sanrio Games」を始動し、Nintendo Switch向けタイトルなどを展開する方針を発表しました。
これまでのキャラクター商品は、持つ、飾る、身につけることが中心でした。テーマパークでは、会う、見る、写真を撮るという体験が加わります。ゲームの中へ入ると、今度は一緒に遊ぶ関係になります。
同じキャラクターでも、接し方が変われば愛着の育ち方も変わります。
キティちゃんのペンを使う。クロミのバッグを持つ。シナモンに会いに行く。キャラクター大賞でプリンに投票する。そしてゲームの中で一緒に遊ぶ。
ファンとの接点が、生活の中に少しずつ増えていくんです。
キャラクターの人気は、テレビCMを大量に流すだけでは長く続きません。忘れられないためには、定期的に会う必要があります。
サンリオは、店頭だけでは足りなくなったキャラクターの勤務先を、テーマパーク、空港、SNS、ゲームへ広げています。
もはやキティちゃんの職種欄には、何と書けばいいのかわかりません。
世界観を守るために、閉じ込めない
ブランドを守ろうとすると、普通は露出を絞りたくなります。
高級ブランドなら、売る場所を限定する。キャラクターなら、イメージに合わない商品には使わない。出会える場所を狭くして、ありがたみを守る方法もあります。
サンリオは、かなり逆です。
高級ブランドにも行く。コンビニにも行く。観光地にも行く。飛行機や新幹線にも乗る。子ども向け商品にも、大人向け商品にも入ってくる。
世界観を守るために、キャラクターを箱の中へ閉じ込めてはいません。
ただし、何でも自由に使わせているわけでもありません。サンリオは世界各地で商標や知的財産を管理し、ライセンスの品質を細かく守っています。
表では自由に働いているように見えて、裏ではきっちり管理されている。
キティちゃんの現場には、たぶん非常に優秀なマネージャーがいます。
この管理があるから、出る場所を増やしても、キャラクターの人格が壊れません。キティちゃんはどこにいてもキティちゃんですし、ぐでたまはどこへ派遣されても基本的に働きたくなさそうです。
企業が守るべきなのは、露出の少なさではなく、ブランドの核なのだと思います。
核さえ残っていれば、活動範囲は広げられる。逆に核が曖昧なまま展開だけを増やすと、何を見ても同じような安いコラボになってしまう。
サンリオは広げ方が派手ですが、キャラクターの芯は意外と頑固です。
大人になるほど、かわいい逃げ場が必要になる
「かわいい」は、少し軽く扱われがちな言葉です。
子ども向け、女性向け、雑貨的、ふわっとしている。そんな印象を持つ人もいるでしょう。
でも、かわいいものには、人の警戒心を下げる力があります。
疲れた日にシナモンを見ても、何も解決はしません。請求書は減らないし、締切も延びません。ぐでたまを見ても、上司が急に優しくなるわけではありません。
それでも、ほんの少しだけ助かる。
大人になると、生活の中に説明できない逃げ場が必要になります。
仕事がうまくいかなかった日、ニュースを見すぎて疲れた日、人間関係にうんざりした日。そんな時に、何の正論も言わず、ただ丸くて柔らかいものがそこにいる。
「頑張りましょう」とも言わない。
「成長しましょう」とも言わない。
ただ、かわいい。
サンリオは、人生の問題を解決する会社ではありません。
問題が解決しない夜にも置いておける、小さな逃げ場を売っている会社です。
キティちゃんの口がないのも、もしかすると正解なのかもしれません。余計なことを言わない。こちらが勝手に気持ちを預けられる余白があります。
サンリオから学べる、ブランドの広げ方
サンリオのやり方を「人気キャラクターがいるからできる」と片づけてしまうと、少しもったいないです。
企業のブランドにも、応用できる考え方があります。
ブランドを広げる時、多くの企業は一貫性を守ろうとして、同じ見せ方を繰り返します。ロゴの位置を揃え、色を揃え、文章の調子を揃える。それは必要ですが、それだけでは接点が増えません。
サンリオは、場所ごとにキャラクターの役割を変えています。
商品では持ち歩ける存在になり、テーマパークでは会える存在になり、キャラクター大賞では応援する存在になる。空港では旅を迎える存在となり、ゲームでは一緒に遊ぶ存在になる。
見た目をそろえるだけではなく、お客様との関係を変えているんです。
ブランドは、毎回同じことを言うだけでは育ちません。
別の場面で、別の役割を持ちながら、それでも同じ人物だとわかる。そこまでできると、生活の中に居場所が増えていきます。
キティちゃんがすごいのは、どこにでも顔を出すことではありません。
どこに顔を出しても、「またあなたですか」と笑って迎えてもらえることです。
キティちゃんは、明日も出勤する
サンリオは、キャラクターをかなり働かせています。
グッズ売り場、テーマパーク、総選挙、空港、企業コラボ、ゲーム、海外イベント。キャラクターたちは、こちらが知らないところでも今日ずっと働いているはずです。
それでも嫌われにくいのは、押し売りしている感じが薄いからでしょう。
いつの間にかそこにいる。
気づいたら持っている。
久しぶりに見ると、少し懐かしい。
推しが頑張っていると、ちょっと応援したくなる。
サンリオは、キャラクターを商品として売るだけではなく、長い時間をかけて、人の記憶の中へ住まわせてきました。
子どもの頃に持っていた筆箱。友達にもらったハンカチ。ピューロランドで撮った写真。旅行先で見つけたご当地キティ。なぜか今になって好きになったハンギョドン。
そういう記憶が積み重なっているから、新しい商品が出ても完全な初対面にはなりません。
「また働いてるな」と思いながら、少しうれしくなる。
キティちゃんは、たぶん明日もどこかの現場にいます。
今度は何をさせられているのか。
こちらも少し楽しみにしてしまっている時点で、もうサンリオの思うツボです。
デザイン系の専門学校卒業後、WEB動画系会社、フリーランスを経て現職へ。株式会社ガイネット取締役。映像制作、SNSプロデュース、グラフィックデザイン、イラストを手掛ける。