
チーズケーキそのものより、「焼き上がる瞬間」を売った店
りくろーおじさんのチーズケーキって、買う前が一番ずるいんです。
ガラス越しに焼き上がる。
オーブンから出てきたら、ぷるぷる揺れている。
そこへ最後に、りくろーおじさんの焼印が押される。
こちらはまだ一口も食べていません。
なのに、もうおいしい。
普通、お菓子屋さんの商品って、口へ入ってから勝負が始まります。
でも、りくろーおじさんは違います。焼いている時点から、もう勝負が始まっている。もっと言えば、こちらはその時点でだいぶ負けています。
大阪土産といえば、551やたこ焼き、お好み焼きなど、いろいろ思い浮かびます。その中で、りくろーおじさんの焼きたてチーズケーキが長く愛されている理由は、単に「おいしいから」だけではないと思うんです。
あの店が売っているのは、チーズケーキそのものだけではありません。
焼きたてという瞬間。
もっと言えば、“今ここで出来上がったものを持ち帰る体験”そのものを売っています。
もともとは、最初からチーズケーキ一筋の店ではなかった
今では「りくろーおじさん=チーズケーキ」という印象が強いですが、会社の歴史はもっと前から始まっています。
創業は1956年。
和菓子やパンなども手がけながら事業を続け、その後1984年に焼きたてチーズケーキを発売しました。
ここが面白いところです。
最初から「大阪名物のチーズケーキを作るぞ」と一直線だったわけではない。
和菓子もやった。パンもやった。その中で試行錯誤を重ねた結果、社運を賭ける商品として焼きたてチーズケーキが生まれた。
つまり、今の看板商品は創業時の商品ではありません。
70年続く会社の顔になったのは、創業からかなり経ってから生まれた商品なんです。しかも、その商品が強すぎて、ついには店名だけでなく会社そのもののブランドイメージまで塗り替えてしまった。
会社が商品を育てたというより、商品が会社の名前を大きくした。
これは、ブランドの育ち方としてかなり面白いです。
売ったのはチーズケーキではなく、「焼きたて」だった
りくろーおじさんの本当の発明は、チーズケーキそのものよりも、「焼きたて」を主役にしたことにあると思います。
1980年代当時、ケーキといえば冷やして食べるもの、ショーケースに並んでいるもの、という感覚が一般的でした。そこに対して、オーブンから出たばかりの温かいチーズケーキを前面に出した。
しかも、ただ焼いているだけではありません。
目の前で焼き上がる。
ふわっと膨らんでいる。
ぷるぷる揺れている。
最後に焼印が押される。
この工程が、そのまま商品の魅力になっているんです。
つまり、りくろーおじさんは「完成品」を棚に置いて売るのではなく、完成する瞬間まで商品に組み込んだわけです。
ここが本当に強い。
味だけで勝負するなら、競合はいくらでもいます。
濃厚なチーズケーキもあるし、高級感を打ち出した商品もある。素材の希少性で差をつける店もあります。
でも、りくろーおじさんは、食べる前からおいしい店なんですよね。
見た瞬間に、もう体験が始まっている。
あの“ぷるぷる”は、味覚より先に記憶へ入る
りくろーおじさんのチーズケーキって、食感の軽さやふわっとした口当たりも魅力ですが、その前にまず視覚で記憶に残ります。
オーブンから出てきたばかりの、頼りないくらい柔らかいあの感じ。
静止画ではなく、揺れがある。動きがある。
だから、印象が強い。
これは今のSNS時代とも相性がいいです。
動画で撮るとわかりやすい。
焼き上がる。揺れる。焼印が押される。
説明しなくても、おいしそうに見える。
TikTokやInstagramのために1984年に商品設計したはずはありません。
でも結果的に、40年以上前の売り方が、今の時代の視覚メディアに妙に合っている。
先進的だったというより、もっと本質的な話なのかもしれません。
人は昔から、焼きたてに弱いんです。
パン屋さんの前を通ると、買う予定のなかったパンをつい買ってしまう。
焼いている匂いや、できたての空気感に、人はかなり簡単に負けます。
りくろーおじさんは、その“焼きたての誘惑”を、チーズケーキで完成させたんだと思います。
行列まで、ただの待ち時間になっていない
りくろーおじさんの店では、時間帯によって行列ができます。
普通なら、待つのは面倒です。
お腹も空くし、予定もあるし、できればさっと買いたい。
でも、あの店では待っている時間まで少し意味が変わります。
なぜなら、待っている間に、次のチーズケーキが焼き上がるところを見られるからです。
ただレジが遅いから待っているのではない。
ただ混んでいるから止まっているのでもない。
“次に焼けるものを待っている” という感覚になる。
ここはかなり大きいです。
工場で作った商品を裏から補充するだけなら、行列は単なる不便です。
でも、目の前で焼き上がるものを売っているなら、待ち時間にも理由が生まれる。
もちろん、行列があること自体が正義ではありません。
待たされれば不便ですし、時間がない人には厳しい。
ただ、りくろーおじさんはその不便を、商品体験の中へ少し取り込むことに成功している。
待ち時間がストレスだけで終わりにくいんです。
1ホール1,095円という“気軽さ”が絶妙
りくろーおじさんの焼きたてチーズケーキは、現在1ホール1,095円です。
ここも実はかなり大事です。
ホールケーキって、普通は少し構えます。
誕生日なのか。手土産なのか。何人で食べるのか。ちょっとしたイベント感があります。
でも、りくろーおじさんは違う。
「大阪来たし、買って帰るか」
これが成立する。
ホールなのに、です。
もちろん安すぎるわけではありません。
でも、専門店のホールケーキとして見るとかなり手に取りやすい。
高級スイーツというより、“ちょっと嬉しいお土産”の価格帯にいます。
この価格だからこそ、特別な日だけのケーキにならない。
日常の延長で買える。
でも、ただの日用品でもない。
この「日常と特別のあいだ」にいる感じが、ものすごくうまいんですよね。
濃厚さで殴らず、軽さで勝っている
今のスイーツって、濃厚さや贅沢感を前面に出す商品が多いです。
濃厚。
リッチ。
プレミアム。
とろける。
高級素材使用。
もちろん、それも強いです。
でもりくろーおじさんは、そちらへ振り切っていません。
むしろ軽い。
チーズの圧で押してくるタイプではない。
ふわっとしていて、口当たりがやさしい。
底にレーズンが入っていて、どこか懐かしさすらあります。
ここが大阪土産としてすごく強いと思います。
家族に持って帰る。
職場へ持っていく。
年齢層が広い相手に渡す。
そういう時、クセが強すぎる商品は意外と難しい。
誰か一人には刺さっても、別の誰かには重いことがある。
りくろーおじさんのチーズケーキは、その点かなり優しい。
子どもにも年配の方にも受け入れられやすい。
つまり、手土産として失敗しにくいんです。
派手な個性ではなく、幅広く好かれる軽さ。
このバランスも、長く愛される理由のひとつでしょう。
“レーズン問題”すら、ブランドの一部になっている
そして、りくろーおじさんを語るうえで外せないのが、底に入っているレーズンです。
好きな人にとっては、
「あれがないと物足りない」
という存在です。
一方で、苦手な人にとっては、
「なぜ、そこにいる」
となる。
この分かれ方、実は面白いです。
誰にも何の引っかかりもない商品は、覚えられにくいことがあります。
でも、りくろーおじさんには「あの底のレーズン」という話題になるポイントがある。
完全に万人向けへ丸くしすぎない。
少しだけ会話になる余白を残している。
ブランドって、ときどきこういう“語りたくなる引っかかり”がある方が強いんですよね。
全国区の知名度なのに、大阪からあまり出ない
りくろーおじさんのもうひとつの大きな特徴は、全国的に有名なのに、あまり全国展開していないことです。
現在の店舗はすべて大阪府内。
なんば、梅田、心斎橋、新大阪、天王寺、伊丹空港など、大阪の中に集中しています。
東京にもありません。
名古屋にも、福岡にもありません。
これ、かなり面白いです。
普通なら、知名度が上がれば全国展開したくなります。
新幹線の主要駅へ出す。空港へ広げる。百貨店へ常設する。フランチャイズ展開する。
でも、りくろーおじさんはそれをあまりやっていない。
これは、焼きたてという体験を守るためでもあるでしょう。
各店舗で焼き上げる仕組みを保つには、ただ店を増やせばいいわけではありません。
結果として、どうなったか。
全国へ出なかったから、大阪へ行く理由のひとつになった。
これです。
どこでも買える商品ではなく、
「大阪へ行ったら買うもの」になった。
しかも、新大阪や伊丹空港など、“大阪を出る直前”の動線に店を置いている。
これはすごくうまいです。
つまり、どこにでも店を作る代わりに、大阪から帰る人を最後に捕まえる場所に店を置いているわけです。
観光客にとっては、もうお菓子屋さんというより、旅行の工程の一部です。
通販できても、店舗の価値が消えない理由
今の時代、通販はできます。
実際、りくろーおじさんもオンラインで購入できます。
それでも、店へ行く意味はなくなりません。
なぜなら、通販で届くのはチーズケーキだけだからです。
店舗で買えるのは、
焼き上がる瞬間。
匂い。
揺れ。
焼印。
行列。
そして、大阪に来たという記憶。
商品そのものは配送できます。
でも、体験全部は段ボールに入りません。
この違いはとても大きいです。
ネットで何でも買える時代に、実店舗が生き残るためには、「その場へ行く理由」が必要です。
りくろーおじさんは、その答えをかなりわかりやすく持っています。
焼いているからです。
しかも、目の前で。
りくろーおじさんから学べること
りくろーおじさんが教えてくれるのは、単においしい商品を作れば名物になる、という話ではありません。
- 商品そのものだけではなく、完成する瞬間まで魅力にできること
- 高級路線ではなく、手が届く価格で“ちょっと嬉しい”を作れること
- どこにでも店を出すより、地域へ行く理由になる方が強いこと
- 商品が会社そのもののブランドを変えることがあること
つまり、体験・価格・地域性・物語がきれいにつながっているんです。
チーズケーキは、どこにでもあります。
でも、焼きたてを見るために少し立ち止まりたくなる店は、そう多くありません。
りくろーおじさんが大阪名物になったのは、チーズケーキを売ったからではなく、焼きたての幸福を持ち帰らせたからなのだと思います。
“焼きたて”を名物にした店
りくろーおじさんを見ていると、強いブランドは、味だけで決まるわけではないとよくわかります。
もちろん、おいしいことは大前提です。
でも、それだけなら世の中にはもっとたくさんのおいしいチーズケーキがあります。
あの店が特別なのは、焼きたてを見せること、待つ時間に意味を持たせること、買う瞬間を少し特別にすること、そして大阪でしか普通には買えないこと、その全部がつながっているからです。
チーズケーキを1個売っているようで、実際には
「大阪で焼きたてを買った」
という体験を1回売っている。
だから、記憶に残る。
だから、また買いたくなる。
だから、「大阪行くなら買ってきて」と言われる。
お菓子屋さんなのに、観光コンテンツになっているんですよね。
りくろーおじさんが名物になった理由は、案外シンプルです。
焼きたてって、やっぱり強い。
しかも、それをちゃんと見せられる店は、もっと強いんです。
株式会社ガイネット取締役。北海道デザイン協議会理事。デザイン系の専門学校卒業後、WEB動画系会社、フリーランスを経て現職へ。映像制作、アートディレクション、イラストを手掛ける。