経営者・フリーランスクリエイターにこそ勧めたい「ほぼ日神社参拝」|心身を整えるということ

ああ、雨が……。

小走りで家に駆け込んだ朝、ふと「なぜ自分は毎朝、神社に行っているのだろう」と立ち止まって考えてみました。

習慣というのは恐ろしいもので、続けているうちに理由を言葉にしなくなります。

でも、改めて振り返ってみると、ちゃんと自分なりの理屈があるのです。

今日は、ガイネットの普段のWeb制作ノウハウ記事とは少し趣向を変えて、私のゆるい朝の習慣「ほぼ日神社参拝」の話を書いてみようと思います。

中小企業の経営者の方、日々デスクに向かう方、心身の不調にうっすら悩んでいる方にも、何かのヒントになれば幸いです。

なぜ「ほぼ日」なのか。無理をしないという前提

私は神社参拝を日課にしています。ただし、「毎日」ではなく「ほぼ日」です。

この「ほぼ」の部分が、実はとても大事だと思っています。毎日続けると決めた瞬間、それは義務になります。

雨の日、体調が優れない日、寝坊した日。

そんなときに「今日も行かなければ」と思うと、習慣はストレスに変わります。

逆に、行けなかった日に自分を責めてしまう。これでは、何のために始めたのかわかりません。

だから私は、自分にあらかじめ「ほぼ」という余白を許しています。

7割行ければ十分。

出張先でもその土地の氏神様に立ち寄りますが、それも「できれば」の話。続けることそのものより、続けられる自分であることの方を大切にしたいのです。

これは仕事にも通じる考え方です。中小企業の現場では、完璧な計画より、現実的に回る仕組みのほうがよほど価値があります。

ブログ更新も、SEO対策も、SNS運用も、「毎日絶対に」と決めた瞬間に続かなくなる。

ほぼ日でいい。

その代わり、長く続ける。これが私の基本姿勢です。

理由その一、身体のため。おっさんには運動が要る

私が神社参拝を続けている一つ目の理由は、身体のためです。

Web制作という仕事は、一日の大半を椅子の上で過ごします。

コードを書き、デザインをチェックし、クライアントとやり取りをする。

指は動いても、身体はほとんど動きません。

意識して運動しないと、四十を過ぎた身体は目に見えて衰えていきます。

率直に言って、おっさんには運動が要るのです。

ジムに通うのも良いのでしょうが、毎日はハードルが高い。

それに比べて、神社までの往復1時間弱の歩行は、身支度も装備も要りません。

朝起きて、そのまま外に出るだけ。

専門家によれば、朝起きてから1時間以内に15〜30分の散歩をするのが、心身を整えるうえで理想的だと言われています。

私の場合は往復で1時間弱、そのうち純粋な歩行時間は往路と復路を合わせて40〜50分ほど。少し長めですが、参拝の時間を挟んでいるぶん歩き続けるわけではないので、身体への負担はちょうどいい塩梅です。

意図したわけではないのですが、結果的に理にかなった運動量になっていたようです。

毎朝、同じ道を同じテンポで歩く。

鳥居をくぐり、拝殿まで歩き、一礼して帰ってくる。繰り返しの中に、身体を整えるリズムがあります。

激しい運動でなくていい。

継続できる負荷であることの方がよほど大事だと感じています。

理由その二、心を整えるため。脳内ホルモンを味方につける

二つ目の理由は、心を整えるためです。

正直に申しますと、私は精神的に強い方ではありません。

年齢を重ねるにつれ、身体の衰えと並んで、気持ちの揺らぎも感じるようになりました。

以前は気にならなかったことで落ち込んだり、夜中に余計な考えが浮かんで眠れなかったりする。

放っておくと沈んでいく一方なので、自分で意識して気持ちを持ち上げる工夫が必要だと考えています。

朝日とリズム運動で「幸せホルモン」が動き出す

朝散歩がメンタルに効くという話は、今やビジネス書や医師の発信で広く知られるところとなりました。鍵になるのは、セロトニンという脳内物質です。

セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、心と身体を安定させ、気分を前向きにする働きを持つ神経伝達物質だとされています。

これが不足すると気分の落ち込みやイライラにつながり、十分に分泌されていると、清々しい気持ちで一日をスタートできるというわけです。

そしてこのセロトニンは、「朝日を浴びる」「リズム運動」「咀嚼」の三つで活性化すると言われています。

朝の散歩はそのうちの二つを同時に満たすため、非常に効率が良い。起床後1時間以内に15〜30分の散歩を行い、そのあと朝食をよく噛んで食べる。

これで三つが揃うわけです。

雨の日でも、ある程度の効果はあるそうです。

紫外線対策で肌を覆いすぎないこと、サングラスを避けることなど、細かいポイントはいくつかありますが、大枠としては「朝、外に出て、リズミカルに歩く」。それだけでずいぶん違います。

体内時計がリセットされると夜眠れる

もう一つ見逃せないのが、体内時計のリセット効果です。

人間の体内時計は24時間より少し長いため、何もしないと毎日少しずつ後ろにずれていきます。

朝日を浴びることで、このずれがリセットされる。

そしてセロトニンは夕方からメラトニンという睡眠物質の原料になるため、朝しっかりセロトニンを分泌させておくことが、夜の眠りの質にもつながるのです。

寝つきが悪い、朝すっきり起きられない、日中の集中力が続かない。

こうした悩みを抱える方は少なくないと思いますが、その多くは体内時計のずれが関係している可能性があります。

薬やサプリに手を出す前に、まず朝、外に出てみる。これほど効く「処方箋」も珍しい。

神社に着くと、なぜか気持ちがスーッとする

そしてここからは、科学だけでは説明できない話になります。

神社の鳥居をくぐった瞬間、気持ちがスーッとする。

これを感じたことがある方は、きっと多いのではないでしょうか。

なぜそうなるのか、正直に言って私にもうまく説明できません。

空気が違うと言う人もいれば、木々の匂いのせいだと言う人もいます。

参道の砂利を踏む音や、手水舎の水の冷たさが、いわば「切り替えの儀式」として機能しているのかもしれません。

言葉にしづらいのですが、神社にはたしかに何かがあると、私は感じます。

理屈で説明しきれないものを素直に受け取れるのも、歳を取って良かったことの一つかもしれません。

ついでのビタミンDとコーヒー

ちなみに、朝散歩のもう一つの恩恵がビタミンDです。

ビタミンDは骨の健康だけでなく、免疫機能や気分の安定にも関わるとされていて、日本人の多くが不足している栄養素と言われています。

必要量の半分は食事から、残り半分は皮膚に紫外線が当たることで生成される。

つまり、朝の散歩はビタミンDの生産活動でもあるのです。

私は冬場、北海道の弱い日差しを補うためにサプリメントでビタミンDを摂っています。

そして参拝から帰宅したら、コーヒーを淹れてカフェインを注入。

これで心がようやく整います。

朝の一連のルーティンは、ちょっとした「自分を機嫌よくする儀式」なのです。

気分が沈みやすい方、朝起きるのが辛い方は、騙されたと思って一週間だけ真似してみてください。

劇的に変わるとまでは言いませんが、少しだけ、世界が違って見えるはずです。

理由その三、信仰的に満足するため。惟神道という考え方

三つ目の理由は、信仰的な満足です。

人生は、自分でどうにもできないことだらけです。

仕事の受注、家族の健康、天候、景気、取引先の都合。

自分の努力ではコントロールしきれない領域のほうが、むしろ大きい。

そうしたとき、どこかに手を合わせる場所があるというのは、精神衛生上とてもありがたいことです。

ただし、私はお参りのときに具体的なお願いごとをすることはほとんどありません。

商売繁盛も、家内安全も、明示的に頼みません。

ただ立って、一礼して、手を合わせ、一礼して帰ってくる。

略祓祝詞をあげ、感謝を伝える。

それだけです。

惟神道(かんながらのみち)とは

これは、惟神道(かんながらのみち)という考え方に由来しています。

惟神道とは、神道の別名で、「神意のまま、人の私心を加えない本来の道」を意味する言葉だとされます。

「惟神」は「かんながら」と読み、神と共にあること、神意に従って歩むこと、神のご意志のままに生きること。

さまざまな解釈があります。

もっと平たく言えば、目の前の現実を誠実に自然のままに生き、結果を素直に受け入れるという生き方の指針です。

一木一草が自然に逆らわず、与えられた環境で懸命に生きる。

その姿勢を人にも当てはめた考え方だと言えるでしょう。

平安神宮のウェブサイトにも、教えられたことを忠実に守るのではなく、おのずから神の意志というものを推し量って生きる信仰、という趣旨の説明があるそうです。

教典もなく、教祖もなく、ただ自然や祖先への畏敬と感謝を土台に、日々を整えて生きる。

それが惟神道の骨格なのだと、私は理解しています。

お願いせず、ただ感謝する

この考え方に立つと、神様に「あれを叶えてください、これをお願いします」と頼むのは、少し筋が違うような気がしてきます。

必要なものは、必要なときに、必要な形で導かれる。

その流れに身を任せ、今日という一日に感謝する。

お願いするのではなく、預ける。

そして、授かる。

もちろん、願かけが悪いわけではありません。

合格祈願も、安産祈願も、昔からの大切な文化です。

ただ私個人の性分としては、お願いごとを抱えて参拝するよりも、何も持たずに立って、今朝も無事にここまで歩けたことに頭を下げる方が、心がしっくりくるのです。

不思議なもので、そうやってお願いごとをやめてから、かえって仕事や人間関係が穏やかに回り始めたような気がしています。

気のせいかもしれません。

でも、気のせいでもいい。

自分の心持ちが整うことに意味がある。

旭川と札幌、二つの氏神様

実は私の生活は、旭川と札幌の二拠点に跨っています。

月の半分ほどは札幌で過ごすので、神社参拝の習慣も、自然と二つの氏神様を行き来する形になりました。

旭川にいるときは旭川神社、札幌にいるときは豊平神社

どちらもすっかり馴染みの場所になっています。

旭川にいるときは旭川神社

旭川にいる週は、東旭川の旭川神社に足を運びます。

旭川は冬が長く、朝の冷え込みが厳しい土地です。マイナス10度を下回る朝も珍しくありません。

そんな中でも歩けているのは、装備を整えたからというより、「今日は寒いから、ちょっとだけ歩こう」と自分に言い聞かせてハードルを下げているからです。

雪の積もった参道を、誰もいない時間に一人で歩く。

木々の間を抜ける風の音だけが聞こえる。

鳥居の向こうに拝殿が見えたとき、北海道の冬の朝は、たしかに神々しい何かを帯びています。

札幌にいるときは豊平神社

札幌での参拝先は、豊平区の豊平神社です。

国道36号線沿いにありながら、鳥居をくぐれば一気に静けさが広がる、

不思議な場所。

街の真ん中にぽっかりと別空間が用意されているような感覚があります。

旭川とはまた違う、都市の朝の清々しさを味わえるのが楽しみです。

旭川神社と豊平神社、二つの氏神様を往復しながら、「二つの土地に根を持つ生活」のありがたさを実感します。

どちらに居ても、朝の足取りは同じ。

どちらの神様にも、今日を歩けることに感謝する。

出張先では、その土地の神社へ

さらに、出張で旭川・札幌を離れるときも、滞在先の近くに神社があれば必ず足を運ぶことにしています。

これも「ほぼ日」の延長で、移動日や打ち合わせ当日の朝、時間を作ってホテル近くの神社を探す。

スマートフォンの地図アプリで「神社」と検索すれば、たいていの土地で徒歩圏に一社は見つかります。

これを始めてから、出張の質がずいぶん変わりました。

以前は、ホテルと取引先と駅を往復するだけの慌ただしい移動でした。

今は、その土地を守ってきた神様にご挨拶してから一日を始めるので、仕事のモードに入る前に一呼吸置ける。

ご当地の地理や歴史の入り口にもなりますし、何より慣れない土地でも気持ちがざわつきにくい。

旅先でその土地を守ってきた神様にご挨拶をする行為は、観光では得られない土地との接点を作ってくれます。

観光スポットを巡るだけでは「通過」で終わってしまいますが、手を合わせた瞬間に、その土地との間に細い糸が一本通るような感覚があります。

日本には八万社を超える神社があると言われます。

出張や旅行で訪れる先々に、必ずその土地の氏神様がいらっしゃる。

そう考えると、日本という国のつくりの奥深さに、改めて感じ入るものがあります。

こういう日々を重ねていると、「暮らすとは、土地と関係を結ぶことだな」と実感します。

住んでいるだけでは関係は生まれない。

朝、歩いて、手を合わせて、ようやく土地とのご縁が少しずつ編まれていく感じがあります。

ほぼ日の習慣が、仕事にも効いてくる

最後に、Web制作者としての実感を一つ付け加えておきます。

朝の散歩と参拝を習慣化してから、日中の仕事の集中力が明らかに変わりました。

午前中にぼんやりする時間が減り、複雑な要件を整理するスピードが上がった気がします。

デザインの判断も、以前より迷いが少なくなりました。

これは、セロトニンによって集中力が高まるという科学的な話と、神社で心を鎮めることで雑念が減るという感覚的な話と、両方の結果なのだろうと思います。

中小企業の経営者やフリーランスの方ほど、こうした「自分のコンディションを整える仕組み」の価値は大きいはずです。

セルフマネジメントは、ツールでもアプリでもなく、結局のところ身体と心の話です。

広告の数字を改善する前に、まず自分自身の調子を整える。

その土台の上にしか、良い仕事は積み上がりません。

まとめ。明日、15分だけ外に出てみませんか

長々と書いてきましたが、私が「ほぼ日神社参拝」を続けている理由は、整理するとこの三つです。

  • 身体のため。おっさんには継続できる運動が要る。往復1時間弱の歩行がちょうどいい。
  • 心を整えるため。朝日とリズム運動でセロトニンを活性化し、体内時計をリセットする。神社に着くと、それに加えて気持ちがスーッとする。
  • 信仰的に満足するため。惟神道の考え方で、お願いせずただ感謝する。結果は、必要なところに導かれると信じて任せる。

毎日でなくていいのです。「ほぼ」でいい。雨の日は休んでいい。寒い朝は玄関で引き返してもいい。

でも、週に三日でも四日でも、朝、外に出て、少し歩いて、近所の神社に手を合わせてみる。

それだけで、一日の立ち上がりが変わります。

気分が沈みやすい方、仕事のパフォーマンスを上げたい方、自分の生活をもう少し整えたい方。

明日の朝、15分だけ早く家を出て、近所の氏神様に向かって歩いてみてはいかがでしょうか。

続けるうち、きっとあなたにもあなたなりの「行く理由」が見つかると思います。

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