
「甘いなぁ」という、ひとりごとのような嘆き
先日、スレッズで同業の方が、ひとりごとのような嘆きを投稿していました。
甘いなぁ、本当に。
Web系、SNS系、AI系。もうまっ赤なレッドオーシャンなのよこの業界は。
すでにン十年の実績とスキルを十分に持った強よ強よの競合がゴロゴロいる世界に乗り込んでいって、
その人たちから仕事をかっさらっていくわけでしょう。
その人たちに勝てる強みはあるのかいと。
あ、これは独立してもなんとかやっていけるやろと思っていた独立当時の自分自身にも言える言葉なんだけどね。
その投稿に、私は深くうなずきながら自分の体験を返したのです。
色んな会に出入りしているけれど、新しい人が次から次へと入ってきてはほとんどがすぐに見えなくなってしまう。
真面目に通って仲良くなってくれたら業務委託先にとも思うのですが能力不足かコミュ力不足でガッカリすることも多いと。
わかります。ほんと分かります。
その方からそう返ってきたとき、ああ、同じ景色を見ている人がいたのだと少し救われた気持ちになりました。
それは、軽い気持ちで入ってきてすぐ消えていく人たちへの嘆きであると同時に、かつて勢いだけで飛び込んだ自分自身への振り返りでもあったからです。
責めているのではない。むしろ、痛いほど分かるからこそ出てくる言葉。
今日はその、二人で見ていた景色について書いてみます。
誰でも「Web屋です」と名乗れる時代になった
まず、現実を直視しなければなりません。
この数年で、ものを作る道具が信じられないほど安く、簡単になりました。
かつて私たちが一週間かけて作っていたものを、クライアント自身が30分で作れてしまう。
そういう世界がもう来ています。
月額1万円のノーコードツールでそこそこ見栄えのするホームページが完結する。
AIに指示を出せば、文章もデザインのたたき台も一瞬で出てくる。
これはすごいことです。けれど同時に、恐ろしいことでもあります。
道具がここまで降りてくると、誰でも「Web屋です」「SNSコンサルです」「AI活用支援やってます」と名乗れてしまうのです。昨日まで何の実績もなかった人が、今日からそう名乗れる。参入の壁が、ほとんど消えてしまった。
だから、人がどんどん入ってくる。
私が出入りしている会で見てきた光景は業界全体で起きていることの縮図なのでしょう。
そして、その多くがすぐに消えていく。
道具を手に入れることと、価値を出せることは、まったくの別物だからです。
AIにきれいなホームページを出力させられることと、クライアントの売上を伸ばせることの間には深くて暗い谷があります。
その谷の存在に気づかないまま軽い気持ちで飛び込んできた人から順番に脱落していく。
安くてそれなりのものが、丁寧な仕事を殴る
参入が簡単になった代償は、価格に跳ね返ってきます。
かつて一件50万円から200万円で受注していたコーポレートサイトの制作が、今や月額1万円のノーコードで済んでしまう。
ある予測では、従来型のウェブ制作の単価は、2027年までに今の三分の一以下にまで下落すると言われています。
考えてみてください。年商5000万円だった制作会社が同じ仕事量をこなしても年商1500万円になるということです。
従業員の人件費も固定費もそれでは賄えません。
ここで起きているのは、ただの価格競争ではありません。
安くてそれなりのものが世の中に溢れると丁寧に時間をかけて作る人ほど価格で殴られるようになるのです。
「あっちは10万でやってくれるよ」の一言でこちらの仕事の中身は見てもらえなくなる。
質を語る前に金額で土俵を割られてしまう。
これが嘆きの正体です。
腕に覚えのある職人が、道具を手にしただけの新参者と同じ値段で比べられる。
その理不尽さにベテランほど傷ついている。
あの「甘いなぁ」の一言の奥にもたぶん同じ痛みがあったのだと思います。
それでも、私は独立を勧める
ここまで書いておいて、ひっくり返すようですが。
それでも私は、この仕事に飛び込むことを頭ごなしに否定する気にはなれません。
なぜなら、嘆いている景色の少し横に、まったく違う景色が広がっているからです。
「作業」を売る人にとって、この業界は確かにまっ赤なレッドオーシャンです。
けれど「作業」から一歩外に出た人にとっては、海の色がまるで違う。
ある調査では、フリーランスや副業のWebデザイナーのうち2025年の案件の受託量が増えたと答えた人が七割を超えていました。
単価が上がったと答えた人も、6割を超えています。
レッドオーシャンと言われる同じ業界でです。
何が彼らを分けたのか。
同じ調査で、彼らが2026年に最も力を入れたいと答えたことの一位は提案力と企画力を高めること。
二位が単価を上げる交渉力を身につけることでした。
つまり、勝っている人たちは、もう「作る」ことそのものでは戦っていないのです。
道具が誰の手にも降りてきた今、作れること自体には価値がなくなりました。
価値があるのは、何を作るべきか、なぜそれを作るのかを語れること。
クライアントの代わりに考え、迷い、決められること。
レッドオーシャンで溺れている人と、すぐ隣の海で気持ちよく泳いでいる人がいる。
その差は、道具の差ではありません。
立っている土俵の差です。
では、これから続ける人は何を学ぶべきか
ここからが本題です。
軽い気持ちで入って消えていくのではなく、本気でこの仕事を続けていきたい人。
あるいは、独立しようかと迷っている人。その人たちが、何を身につけるべきなのか。
私なりに三つにまとめてみました。
一つ目は、提案力と企画力です。
繰り返しになりますが、これからの分かれ目はここです。
お客さんが「ホームページが欲しい」と言ったとき言われたものをそのまま作る人はもう価格でしか選ばれません。
そうではなく本当に必要なのはホームページなのか、それとも別の打ち手なのか。
そこから一緒に考えられる人。
お客さん自身がまだ言葉にできていない課題を代わりに言葉にしてあげられる人。
AIに奪われるのは「作業」であって「提案」ではありません。
むしろAIが作業を肩代わりしてくれるからこそ私たちは提案に時間を使えるようになったのです。
ここを磨かない手はありません。
二つ目は、顧客理解と、伴走する力です。
これは技術の話ではありません。人の話です。
世の中の中小企業のうち、デジタルマーケティングにきちんと取り組めている会社はまだ一割ほどだという調査があります。
多くの会社は、自社サイトの更新すらおぼつかない段階にいる。
つまり、最新の技術を振りかざす相手ではないのです。
彼らが本当に求めているのは難しい横文字ではなく「この人になら任せられる」という安心です。
私が、新しく入ってきた人にガッカリすると書いたのも、突き詰めればここでした。
能力不足というより、関係を築く力の不足。真面目に通い続けて信頼を積み上げる。
その地味な営みを飛ばして、いきなり仕事だけ欲しがる人が結局は続かない。
裏を返せば続く人が本当に持つべきものは、技術よりも先に人と関係を結ぶ力なのだと思います。
地方であればなおさらです。
三つ目は、AIを怖がるのではなく使い倒す側に回ることです。
AIに仕事を奪われる、という言い方をよく聞きます。
けれど、データはむしろ逆のことを示しています。
AIを実際に活用している人たちのうち、六割以上が、修正の回数が減ったと答えています。
成果物の品質が上がったと答えた人も五割近く。
提案が通りやすくなったという人も四割を超えています。
AIを脅威として遠ざけた人ではなく、自分の生産性と提案の質を底上げする道具として乗りこなした人が結果を出している。
同じ波に、飲まれる人と乗る人がいるのです。
消えていく人と、残る人を分けるもの
私が出入りする会で次から次へと現れては消えていく人たち。
彼らに足りなかったのは、たぶん才能ではありません。
道具が手に入ったことを価値を出せることと取り違えてしまった。
一度や二度うまくいかないことを、続けられない理由にしてしまった。
提案を学ぶ前に、関係を築く前に、安く請け負って消耗してしまった。
レッドオーシャンであることは、事実です。単価が崩れていくことも、事実です。
道具が安くなって、誰でも名乗れるようになったことも。
それでも、すぐ隣には泳げる海があります。
そこへ行けるかどうかは、道具ではなく、何を学び続けるかで決まる。
提案する力、人とつながる力、新しい道具を味方につける力。
この三つを消えていく前にどれだけ積めるか。
甘くはありません。でも、無理でもない。
あの日、ひとりごとのように「甘いなぁ」とこぼした同業の方も本当はそれを分かっているのだと思います。
だからこそ、厳しい現実を見据えながら今も泳ぎ続けている。
私もまた、同じ海で泳ぐ一人として今日も誰かと顔を合わせに出かけていくのです。

株式会社ガイネット代表取締役 趣味は神社仏閣巡り 初めてホームページを作ったのは20年以上前。そこから2社ほどで修行し33歳でフリーランスに、色々あって今さら法人設立。WEBとデザインの何でも屋であり書家でありYouTuberです。