
忘れ物を埋めるだけだった衣料品が、約200億円のブランドになるまで
昔、コンビニで靴下を買う時って、大体こちら側に何か問題があったと思うんですよ。
出張先へ持ってくるのを忘れた。雨でびしょ濡れになった。予定になかった宿泊が決まった。朝起きたら、昨日履いていた靴下にもう一日頑張ってもらうのは、さすがに申し訳ない。
そういう時に買う。
コンビニの衣料品は、楽しく選ぶものではなく、人生の小さな失敗を応急処置するための商品でした。
「今日はファミマでではなく、人生の小さな失敗を応素敵な靴下を探そう」
そんな前向きな予定を手帳に入れている人は、たぶんほとんどいなかったはずです。
色や形を吟味する余裕もありません。サイズが合っていて、今日履ければいい。買った店の袋から出して、翌朝とりあえず身につける。役目を果たしたら、その後は家にあるほかの靴下と混ざっていく。
ところが現在、ファミリーマートには、最初から欲しくて買われる靴下があります。
緑、白、青のラインが入った、いわゆる“ファミマソックス”です。
コンビニで買ったことを隠すどころか、足首で軽く報告しています。
「あ、それファミマのやつでしょ」
気づかれても別に恥ずかしくない。むしろ少しうれしい。
ファミリーマートの「コンビニエンスウェア」が変えたのは、靴下の色だけではありません。
コンビニで服を買うことの意味を、丸ごと変えました。
売れなくなった売場を、縮めずに作り直した
コンビニエンスウェアが全国で本格展開されたのは2021年です。
その少し前、コンビニの衣料品売場は厳しい状況にありました。
外出の自粛やテレワークの普及によって、急な出張や深夜の外泊が減った。これまで靴下や下着を買っていた「緊急事態の人」が、以前ほど店へ来なくなったんです。
普通なら、売れなくなった売場は縮めます。
棚を小さくして、代わりに売れる商品を置く。需要が減ったなら、撤退を考える。それが自然です。
ファミマは逆でした。
緊急時にしか買われないから売れなくなったのなら、緊急時以外にも買われるものへ変えようとした。
靴下を値下げしたのではありません。
靴下を買う理由の方を作り直したんです。
「忘れたから仕方なく買う」だけだった売場へ、「普段から履きたい」「色違いも欲しい」「これを目当てに寄った」という需要を上から足していった。
緊急需要を捨てたわけではありません。
忘れた人は、今でも助けてもらえます。
ただ、その人の隣で、何も忘れていない人まで靴下を選ぶようになりました。
商品ができる仕事を増やしたわけです。
最初の主役が靴下だったのは、ちょうどよかった
ファッションブランドの入口として、靴下はかなり優秀です。
ジャケットやパンツでは、そう簡単にはいきません。
サイズがある。形が合うか確認したい。手持ちの服と合わせられるか考える。試着もしたい。価格が高ければ、買う前に一度冷静になります。
コンビニには通常、試着室も販売員もありません。
おにぎりの棚の横で、
「こちらのパンツは、今季らしい少しゆとりのあるシルエットでして」
と店員さんが説明を始めるわけにもいきません。レジには公共料金を払いに来た人も並んでいます。
その点、靴下は入りやすい。
細かなサイズ選びが少なく、価格も試しやすい。全身の服装を変えなくても、一足だけ取り入れられます。
ファミマの服を初めて買う時、いきなり全身を預ける必要はありません。
まず足首だけでいい。
この入口の低さが、コンビニエンスウェアを広げるうえで大きかったと思います。
実際、ソックス類の累計販売数は2025年に2,800万足を超えました。2023年度にはブランド全体の売上が100億円を突破し、2025年度は約200億円が見込まれるまでに成長しています。
コンビニ衣料品としては、もう「非常用の棚」と呼ぶには元気が良すぎます。
ファミマの看板を、足首に巻いた
ラインソックスのデザインは、かなり大胆です。
ファミリーマートの店舗を連想させる、緑、白、青。
店の看板で見慣れた色を、そのまま靴下へ持ち込んでいます。
冷静に考えると、コンビニの企業カラーを足首へ巻いているわけです。
一歩間違えれば、販促品です。
イベント会場で配られるノベルティの靴下や、店員さん専用の制服に見えてもおかしくありません。
でも、ファミマソックスはその一歩手前で止まりました。
ファミマだとわかる。
でも、広告を履かされている感じまではしない。
色の太さや配置を整え、普通のファッションとして成立させたことで、企業カラーがブランドの印になりました。
多くのプライベートブランドは、販売元の存在を消そうとします。
コンビニやスーパーの商品に見えないよう、専門店らしい名前を付け、パッケージを上品に整える。どこが作ったのかわからなくなるくらい、企業の気配を薄めます。
ファミマは、自分を消しませんでした。
ファミマで売っていることを隠すのではなく、ファミマでなければ作れないデザインにした。
ここが強いです。
ブランドを格好良くしようとするあまり、自社らしさまで消してしまうことがあります。
きれいだけれど、どこかで見たことがある。
上品だけれど、誰が作ったのかわからない。
そんな商品が並ぶ中で、緑、白、青は一目でファミマだとわかります。
わかるのに、履ける。
この調整が、ただの靴下を話題にしました。
デザインは、商品を飾るためだけにあるのではない
コンビニエンスウェアは、ファッションブランド「FACETASM」を手がける落合宏理氏との共同開発です。
コンセプトは、「いい素材、いい技術、いいデザイン。」
服を売るのだから、デザイナーを入れるのは当然に見えるかもしれません。
ただ、コンビニで服を売る場合、普通の服屋とは違う難しさがあります。
売場が小さい。
試着室がない。
販売員が商品の魅力を説明しない。
袋に入れたまま陳列される。
食品や日用品の横に置かれる。
お客様は短い時間で商品を見つけ、用途やサイズ、品質を判断しなければいけません。
服屋なら、ハンガーに掛けてシルエットを見せられます。マネキンに着せてコーディネートを提案できます。店員さんが生地の特徴や着方を説明できます。
コンビニでは、その多くが使えません。
つまり、コンビニの服は、服屋の服より簡単なのではありません。
何も説明されなくても自分で選べるよう、商品とパッケージだけで仕事をしなければいけない。
デザインは、安い商品を高そうに見せるために入っているわけではありません。
販売員がいなくても、商品が自分で説明できるようにするために使われています。
男女を問わず着やすい形にする。サイズ展開をわかりやすくする。色を選ぶ楽しさを作る。棚に並んだ時、ブランドとして統一して見えるようにする。
制約が多いからこそ、デザインの役割が大きいんです。
コンビニで適当に売る服ではなく、コンビニだからこそ考え抜かれた服になっています。
約1万6,000店という、ものすごいアパレル流通網
コンビニエンスウェア最大の強みは、デザインだけではありません。
全国各地にファミリーマートがあることです。
普通のアパレルブランドが全国へ店舗を広げるには、かなりの時間とお金がかかります。
物件を探し、内装を作り、スタッフを採用し、在庫を送る。一つの街へ出店するだけでも大仕事です。
ネット通販なら全国へ売れますが、注文した服をその場で着ることはできません。
ファミマには、すでに売場があります。
駅の近くにもある。住宅街にもある。オフィス街にもある。地方の幹線道路沿いにもある。多くの店が、朝早くても夜遅くても開いています。
お客様が服屋へ出かけるのではなく、服の方が先に生活圏へ来ている。
この近さは、普通のファッションブランドには簡単に作れません。
「白いTシャツが今日必要」
「雨で靴下が濡れた」
「フェスへ行く前にタオルが欲しい」
「この色、ちょっといいな」
こうした小さな需要を、全国の店舗で拾えます。
コンビニエンスウェアは、ファッションブランドがコンビニへ商品を置いたのではありません。
コンビニが、自分の巨大な流通網を使ってファッションブランドになったんです。
ここを逆にすると、この事業のすごさを見落とします。
おにぎりを買うついでに、服を買う自由
服屋へ行く時、人は服を買うつもりで向かいます。
わざわざ店まで行き、商品を見て、試着する。買うかどうかを判断するための時間を用意しています。
ファミマでは、そうではありません。
おにぎりを買いに来た。コーヒーを買いに来た。ATMを使いに来た。荷物を出しに来た。
その途中で、靴下を見る。
最初から買うつもりがなかった人に、商品と出会ってもらえるんです。
これはかなり大きい。
ファッションブランド同士の競争では、お客様が服を欲しいと思った後に選ばれなければいけません。
コンビニエンスウェアは、服を買おうと思っていない時間に入り込めます。
「買う予定ではなかったけど、まあ一足」
この“まあ一足”が、全国で積み重なります。
しかも、価格が手頃なので、買う理由を長時間かけて審議する必要がありません。
家計会議を開かなくてもいい。
おにぎりとコーヒーと靴下を同じ会計へ出しても、レジの人は何も聞きません。
その自由さまで、コンビニエンスウェアの商品体験です。
靴下売場から、普通に服屋へ近づいている
ブランドが始まった頃は、ソックス、インナー、ハンカチなどが中心でした。
現在はTシャツ、スウェット、カーディガン、シャツ、パンツ、サンダル、サングラス、ブラウェア、レイン用品、さらにはシチズン時計と共同開発した腕時計まで登場しています。
もう忘れ物の応急処置ではありません。
だいぶ揃います。
コンビニでおにぎりを買い、Tシャツを買い、パンツを買い、靴下を買い、時計まで買う。
事情はわかりませんが、家をほぼ手ぶらで出てきた人にも対応できそうです。
2023年には、コンビニ業界で初めてとなるファッションショーも開催されました。2026年にはブランド初のテレビCMを全国で放映。ファミマ初の旗艦店「FAMIMA PARK AZABUDAI」には、コンビニエンスウェアの大規模な売場が設けられ、試着室、コーディネートを提案するタッチパネル、専門スタッフまで配置されています。
コンビニの衣料品売場を服屋らしくしたところから始まり、今度は一部のファミマを本当に服屋へ近づけています。
ただ、ここまで行くと少し不思議でもあります。
コンビニで服を買う文化を作ろうとしていたはずなのに、試着室と専門スタッフを置いたら、それはもう結構ちゃんとした服屋です。
ファミマはコンビニの中へ服屋を作り、今度は服屋の中へコンビニの近さを持ち込もうとしています。
境界線がだいぶ忙しくなっています。
フェスで使う物と、ファミマで売る物は相性がいい
コンビニエンスウェアは、野外音楽フェスの「FUJI ROCK FESTIVAL」とも継続的にコラボしています。
ソックス、タオル、サコッシュなど、フェス会場で実際に使いやすい商品を展開しています。
この組み合わせは、妙に納得できます。
フェスでは靴下が汚れる。雨も降る。タオルも必要になる。荷物はできるだけ減らしたい。着替えを忘れることもあります。
実用品が必要になる場所です。
ただ、せっかくフェスへ行くのに、何でもいいわけでもない。
便利であってほしい。でも、少し格好良くあってほしい。
コンビニエンスウェアが作ってきた「緊急用とファッションの間」という立ち位置が、そのままフェスに合います。
忘れ物をした時にも助かる。
最初から身につけて行ってもいい。
しかも会場へ向かう途中には、ファミマがあります。
商品の使われる場所と、売られる場所がきれいにつながっています。
ブランドのコラボは、ロゴ同士を並べれば成立するものではありません。
実際に使う場面が浮かぶかどうか。
ファミマとフェスの関係には、それがあります。
何でも服にすればいいわけではない
コンビニエンスウェアは成長していますが、難しさも増えています。
衣料品は、食品のように毎日買われる商品ではありません。
売れ残れば、限られた店内の棚を長く使います。サイズや季節、地域によっても需要が変わる。北海道と沖縄へ、同じ時期に同じ服を同じ量だけ送ればいいわけではありません。
流行を追いすぎれば、売れ残った瞬間に古くなります。
定番商品だけを並べれば、便利ではあっても話題になりません。
アイテムが増えれば増えるほど、
「これは本当にコンビニで売る意味があるのか」
という判断も必要になります。
腕時計もある。サングラスもある。ジャケットもある。パンツもある。
ブランドが人気になったからといって、何にでも緑、白、青のラインを入れればいいわけではありません。
そのうちファミマカラーのソファまで出てきたら、さすがに持って帰るのが大変です。
コンビニエンスウェアの次の課題は、商品数を増やすことではなく、コンビニの近さと相性が良いものを選び続けることだと思います。
便利さ、買いやすさ、デザインの楽しさ。
この三つが重なる場所から外れると、ただ服も売っているコンビニへ戻ってしまいます。
ファミマが変えたのは、服ではなく買う時の気持ち
コンビニエンスウェアから学べるのは、専門家と一緒に格好良い商品を作れば売れる、という単純な話ではありません。
ファミマには、昔から衣料品売場がありました。
全国に店舗もありました。靴下や下着を必要とする人もいました。
素材はすでにそろっていたんです。
ただ、その売場には「仕方なく買う」という意味しか付いていませんでした。
そこで、商品の品質を上げ、デザインを整え、企業カラーをブランドの印へ変え、日常使いできる色やアイテムを増やした。
同じ売場へ、新しい意味を付けた。
事業を始める時、まったく新しい商品や市場を探したくなります。
でも、すでに持っている売場や技術、顧客接点の中に、意味を変えれば成長できるものが眠っている場合があります。
ファミマにとって、それが靴下でした。
地味です。
靴下で世界を変える、と言われても、最初はあまり壮大には聞こえません。
でも、全国の店舗で毎日少しずつ売れる。SNSで話題になる。街で履かれる。色違いを買われる。シャツやパンツにも関心が広がる。
その積み重ねが、約200億円規模を見込むブランドになりました。
新しい市場は、遠くにあるとは限りません。
おにぎりの棚から、少し横へ行ったところにありました。
足首から始まったファッションブランド
昔、コンビニの靴下は、忘れ物を隠すためにありました。
どこで買ったかを人に話すこともなく、とりあえず今日を乗り切るために履く。
ファミマソックスは、少し違います。
緑、白、青のラインが、裾から少し見える。
「あ、それファミマでしょ」と気づかれる。
コンビニで買ったという事実を、隠す必要がありません。
むしろ、その事実までデザインになっています。
コンビニエンスウェアが変えたのは、コンビニの服が格好良いかどうかだけではありません。
コンビニで服を買った時に感じる、こちら側の気持ちです。
仕方なく買った。
間に合わせで買った。
忘れたから買った。
そこへ、
好きだから買った。
という選択肢を増やした。
ファミマは、いきなり全身を着替えさせたわけではありません。
まず、足首から始めました。
全国のファミマで一足ずつ。
コンビニで服を買うことが普通になるまで、緑、白、青のラインを少しずつ街へ送り出したんです。
忘れ物をした人だけを待つのをやめた靴下は、今では誰かに見つけてもらうために履かれています。
デザイン系の専門学校卒業後、WEB動画系会社、フリーランスを経て現職へ。株式会社ガイネット取締役。映像制作、SNSプロデュース、グラフィックデザイン、イラストを手掛ける。